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 それから数日後の仕事終わり、店長がハンバーグの気分だと言うのでびっくりドンキーに来ていた。平日深夜にも関わらず案外客が多くあちこちで会話に花が咲いているのは、近くのイオンモールが閉まっても遊び足りない時はここかカラオケにでも流れるのがこの街の若者お決まりのコースだからだろう。    ふか津での一件を経て、俺と店長の間に何か変化があったかと言えばそんなことはなかった。と言ってもまだ数日しか経っていないのだが。仕事中は元々あまり話さないしシフトが重ならなければ飯に行くこともないので、実質今日が初めてのイベントと言って良い。 「そういえば進んでます? ゲーム」  ポテサラパケットディッシュが半分ほどなくなった頃に訊ねる。ふか津に行った次の日LINEでいきなり趣味を聞かれ、ゲームだと答えたら突然自分もやろうかなと言い出したのだ。しかしそもそも本体すら持っていないと言うので次の日サブ機のSwitch Liteを貸したところ、その日のうちに俺が少し前にやって面白かったと話したポケモンのリメイク版を買ったと報告が来たのである。 「ええとね、三人目のジムリーダー倒したとこかな」 「え、思ったより進んでますね」  買ってからの日数や今週まだ休みがない店長のシフトを考えると進みが早い。 「うん、まあね。明日から連休だからけっこう進められそう」 「店長がポケモンやりたがるの意外でした。そもそもゲーム自体やるイメージないし」 「きっかけはお察しの通り、きみの趣味を知りたいっていう不純な動機だけどね。でもやってみると案外面白いよ。ほんとに」 「……まあ、それなら良かったですけど」  こうして話しているとほとんど前と変わらないので例の件をつい忘れそうになる。とはいえ全く意識しないというのも無理な話で、そんな俺の動揺を察してか店長が笑った。 「はは。きょどきょどしてる」 「笑わないでくださいよ。こっちは大真面目に困ってるんですから」 「俺は楽しいけどね。照れる鈴木くんなんて入社三年目にして初めて見るし」 「照れてないです」 「あはは。むくれててかわいい」  なんの衒いもなくそんな言葉を口にされるとかえってこちらがいたたまれない。ガラスに映った自分をちらりと見てみたが見知った陰鬱な男が映っているだけだった。 「……どういう趣味ですかそれ。さすがに俺にかわいいは無理があるでしょう」  俺が思うに一部の特例を除いてそれはアラサー男に対して適用されない表現だし、少なくとも俺は五歳より後に言われた記憶はない。 「俺がそう思うんだからいいんだよ。恋ってそういうもんでしょ多分」 「多分って。経験豊富なのにそこは曖昧なんですか」 「うーん。まあ実際のところ、俺が相手のこと好きで付き合ったことってないからさ」 「はあ? なんですかそれ」  意味が分からなくて言うと、店長はやや決まり悪そうに後頭部を掻く。 「お恥ずかしい話、今まで告白されてなんとなく付き合うっていうパターンばっかりでさ。彼女だから大事にはするけど、ちゃんと好きだったかと言われると、まあね……」  俺の表情を見て徐々に言い淀む店長だが、そんなことをしても手遅れである。 「そんなんだから刺されるんですよ」 「……嫌いになった?」 「はあ? なって欲しいんですか」 「そんなわけはないけど」 「正直今までの話を聞いた時点で店長にまともな経験談とか貞操観念は期待してないんで。そもそも元から軽薄な人だなって思ってたし」  そう言うと店長が不服そうな表情を浮かべた。 「今ならまあ、昔のこととか色々知られちゃったから言われても仕方ないかなと思うけど、元から俺ってそんなイメージだったの? けっこういい上司やってると思ってたからショック」 「いや自分で言いますかそれ。俺も仕事の時の店長は頼りになる人だと思ってますけど、それを補って余りある遊んでるっぽさなんですよね。俺だけじゃなくて他の学生も言ってるし」 「遊んでるぽさっていうのは例えばどんな? 夜遊びとか?」 「……なんかこう、バーで知り合った相手とワンナイトとかしてそうな感じですかね」  店長は一瞬虚を突かれたような表情をしたかと思うと、すっと視線を右に逸らした。 「え、本当にやってるんですか」 「…………」  沈黙が肯定を雄弁に物語っている。呆れて掛ける言葉が見つからないでいると、店長が言い訳がましく言葉を並べた。 「……向こうから誘われた時だけだよ。それに相手は選ぶようにしてるし。一回痛い目見たからね」  なんの弁明にもなっていないその発言に、引くとか呆れるを通り越して心配になって来るから不思議だった。 「……あの、俺が言うのもアレですけど、いくら人肌恋しくてももうちょっと気をつけた方がいいと思いますよ。自分は後腐れないのつもりでも相手もそうとは限らないんだし、こんな田舎じゃどこで誰が繋がってるか分かんないんですから。前科もあるわけだし」 「あれ、心配してくれるんだ。意外」 「別にそういうんじゃありませんけど。でもいざその時が来たらちゃんと逃げるなり避けるなり抵抗するなりしてくださいよ。上司が職場で殺人とか嫌だし」 「まあ、もうしないよ。少なくともきみとこうしてる間はね」  意図せずして知りたくもなかった店長の爛れた私生活を暴いてしまい、ゲームの話からどうしてこうなったんだと俺は内心首を傾げていると、気を取り直した店長が薄く笑みを浮かべながらそんなことを言うのだった。

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