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七月も半ばになると店が少しずつ慌ただしくなる。世間は夏休み直前、うちで働いている学生や主婦も帰省や旅行の予定を組み始め、店長は夏休み期間のシフト調整に苦心する。 俺のような夏に何の予定も期待も持たない人間がその穴埋めに奔走する季節だがつまり稼ぎ時でもあるわけで、その成果次第ではあれこれ買い控えていた家電やゲームなんかに手を出す算段を立てていた。  店長とは相変わらず飯に行くだけの間柄が続いている。あの人はポケモン以来ゲームにはまり近所のホビーオフで自分の本体を買ってドラクエとかをやっているらしく、最近の口癖は「仕事行かないでゲームしたいなあ」だ。身近に趣味の話し相手ができたのは素直に嬉しいものの、店長の開かない方がいい扉を開いてしまったような気がする。  そんな店長の最近のお気に入りはスプラトゥーンである。フレンドがオンラインになると画面の右端で通知が来るのだが、そこから察するに大分熱中している様子だ。翌日出勤にも関わらず深夜二時にオンライン通知が来たりするとこの人いつ寝てるんだと多少心配にはなる。俺も同じ時間にゲームしているので人のことは言えないのだが。  ある日のファミレスでの話題もゲームだった。 「もう全然着いてけなくってさあ。七歳の子に負ける三十一歳ってさすがにどうなんだろう」 「七歳の子って、オンラインで見知らぬキッズにボコボコにされたんですか」  意地悪い揶揄いのつもりで言うと、店長は首を横に振った。 「違うよ、姪っ子。この間千葉の姉さんの子の誕生日にゲーム送ったらビデオ通話来てさ、最近おじさんもゲームやってるんだよって言ったら対戦しようって。かわいい姪っ子の頼みだから張り切ってソフト買ったんだけど、まあまるで歯が立たなくて」 「ああ、ここ何日かスプラばっかりやってるなあと思ったらそういう……」  深夜のオンライン通知は仕事の合間を縫って姪っ子のために練習していたのが理由らしい。微笑ましい話だが、店長はやけに落ち込んでいる。 「ビデオ通話とはいえ、面と向かっておじさん弱いねって言われると堪えるんだよこれが。でも動画とか見てもいまいち真似できないんだよねえ。やっぱ若い子には勝てないのかな、おじさんは」 「そりゃまあ、ああいう系は若さも大事ですけど、それでも七歳の子ならある程度練習すれば大丈夫ですって多分。単に操作とか慣れてないだけなんじゃないですか」  七歳の子にゲームで勝てないことより、その子よりひと回りふた回り上のおじさん予備軍が深夜に二人集まって話すことがゲームである方が問題であるような気がした。しかしそんなことを考えてもむなしくなるだけなので、店長のピラフの皿の隅に追いやられているグリンピースをぼんやり眺める。苦手なんだろうか。前に嫌いな物はないと言っていたような気がするが。  すると不意に、店長がなにかしらを思い付いたという顔をする。 「そうだ。今度うち来てゲームしようよ」 「なんですかいきなり」 「前に休みの日に遊んだりしたいって言ったじゃん。それ抜きにしても普通に特訓付き合ってくれたら嬉しいんだけど」  それはあくまでいつも飯に誘うのと同じような調子を装ってはいたが、その中に含まれたわずかな期待を見逃すことは出来なかった。多分この人は俺が誘いに乗るかどうかで今の距離感を測ろうとしているのだろう。  断るのは簡単だ。恐らく店長は俺がその思惑を察していると承知でこちらの出方を窺っている。だからスプラは得意じゃないとか家に行くのは怖いとか適当な理由を付ければ、今回は店長もしつこく言わないだろう。  とはいえ、この一ヶ月ほどで俺たちの関係が進歩しているのもまた事実だ。店長がゲームを始めたので飯の時の話題が増えたし、俺もあの人が好きな柴犬とかポメラニアンとかのYouTubeチャンネルをたまに見るようになった。俺たちが単なる友人同士だったとしても家を訪れるくらいの間柄になったと言って良く、俺はまあ普通に友達としてならばアンケート用紙の『どちらかと言うと好き』欄にチェックを入れられる程度には、店長のことは嫌いじゃない。  ――結果として、俺はその誘いを受けることにした。 「いいですよ」 「えっ、ほんと?」  誘ったくせに心底意外そうな顔をするので、それが少しおかしかった。 「はは。なんでそんなびっくりするんですか」 「だって下心あるって分かってて家に来てくれるとは思わないし」 「え、あるんですか。下心」 「逆にないと思ってたの?」  そう訊ねて来る店長の顔が明らかに揶揄っている時のそれで、すぐに冗談だと分かった。俺は笑いながら言い返す。 「じゃあやっぱ行くのやめます。特訓はひとりでどうぞ」 「嘘です。別に取って食おうとは思ってません。普通にゲームします。これでいい?」 「ふふ、まあいいでしょう」  そういうわけで、俺は店長の家でゲームをするという小学生男子のような約束をすることとなったのだった。  再来週から夏休みシーズンに突入で、特に店長は休みを確保出来ないくらい忙しくなるので、日時は次に二人の休日が重なる来週の水曜に決まった。

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