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「はい、鈴木です」
《もしもし。遅くにごめんね》
PCの画面を確認すると二十二時三〇分を過ぎた頃で、店はちょうど締めも終わって帰ろうかという時間だ。そんな時間での店長からの電話連絡は嫌な予感しかせず、内心身構える。誰かが休むから代わりに出てくれとか、そんな予想をあらかじめ立てておき衝撃に備えた。
《明日なんだけど、きみ休みでしょ》
――やっぱり。高揚していた気分がすっと醒め、鮮やかに彩られた二日間の予定が瞬時に色を失った。さよなら俺の連休。といっても精々部屋でだらだらとゲームをやるくらいのものなのだが。
「……はい、休みです。予定もないですよ。何時からですか」
久々の休日がおじゃんになりそうな予感にすっかり気落ちして若干投げやりで言うと、電話の向こうで何故か「えっ」と声が上がった。
「何で分かったの?」
「そりゃこんな時間に電話来たら分かりますよ。明日シフト出ればいいんですよね」
俺の言葉に、なぜか店長は戸惑ったような反応を返して来る。
《えっ……ああ、なるほど。そうなるか》
「え、休日出勤の話じゃないんですか?」
状況が把握できずに問い掛けると、店長があははと軽い調子で笑った。
《ごめんごめん。そりゃ俺から電話来たらそう思うかあ》
どうやら休日出勤を要請したいわけではないらしい。確かにそうと分かって聞けばどことなく声が妙に上機嫌な気がするが、そんな調子で俺に何の用だというのか。
《あのさ、明日空いてたら俺と出掛けない?》
「え?」
《あ、なんか予定あった?》
「予定っていう予定はないですけど……」
答えてからなにも正直に言うことなかったと思う。まだろくに話も聞かないうちから断る理由をなくしてしまった。
「出掛けるってどこ行くんですか」
《せっかくの休みだし、いつも飯ばっかだから他のこと……あ、映画とかどう》
「あって、今思い付いたんですか?」
《急に休みになったからなにも考えてなくて》
言われて思い出す。そういえば明日店長は出勤じゃなかっただろうか。少し離れた場所にある冷蔵庫に貼ってあるシフトに目を凝らすと、時間までは見えないものの一番上の店長の欄は休日を表す空白ではなかった。
「あれ、店長明日出勤でしたよね?」
《うん。元々マネージャーが来るって言うから出勤にしてたんだけど、さっき関東は台風で明日の飛行機飛ばなくなったって電話来てさ。休みになったしせっかくだから鈴木くんと遊ぼうと思って》
そういえばマネージャーが来るという話を聞いていた気がするが、自分が休みなのですっかり忘れていた。それに台風もTwitterのトレンドに入っていたような気がするが、まだ沖縄の辺りにある台風のことなんて北海道の俺にはほぼ他人事である。
「いや、それにしたってせっかく休みなんだからわざわざ俺のことなんか誘わなくても。この間も飯行ったばっかだし、それに店長確か……うわ。十連勤じゃないですか。休んだ方がいいですよ」
話しながら膝立ちで冷蔵庫ににじり寄って見れば店長のシフトは明日までの十一連勤になっていた。普段は余程のことがない限りきっちり週二で休みを確保する店長だが、そうも言っていられないのが繁忙期ということなのだろう。そうは言っても十連勤はキツいが。
《俺の心配してくれるんだ。嬉しいけど大丈夫――あ、でも鈴木くんも六勤だったか。俺が行きたいだけだし、しんどかったら無理しないでいいよ》
「…………」
確かに店長の言う通り、疲れてはいるしやりたいこともある。そもそも向こうの方が疲れているんだし休んだらいいのにと思ってしまうのだが、自覚しているのかしていないのか、通話越しの声からかすかな期待を感じてノーと言うのに気が引ける。
どんな理由であれ断ったらやっぱりがっかりするんだろうかとか、疲れを押してでも俺と出掛けたいのだろうかとか色々考えてしまう。自惚れみたいで嫌だが、それが全く的外れじゃないとわざわざ尋ねるまでもなく声で分かってしまうのだから俺も俺だ。
映画ということは多分昼からだろうし、今日これからゆっくり寝れば明日一日分くらいの体力はどうにかなるだろう。年齢を重ねるというのは自分の限界が把握出来るようになるということなのだと、最近俺も分かり始めていた。
「いいですよ。行きましょう、映画」
《やった。正直なところ「家から出たくないんで嫌です」とか言って断られるかなあと思ってた》
「……それはまあ、ちょっと迷いましたけど」
《あはは、迷ったんだ。でも俺のこと選んでくれてありがとね》
よくもまあそう気恥ずかしいことをさらっと言えるものである。通話しながら市内に一軒しかないイオンシネマのスケジュールを調べた結果、夏の間話題になっていた洋画ホラー映画を観ることに決めた。
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