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 映画の時間に合わせて迎えに来るという予定の通り、十三時を回った頃にアパートの前に見慣れた店長の車が現れた。 エンジン音で到着に気付いた俺はLINEが来る前にアパートを出て、外階段の途中でスマホを片手に持った店長とガラス越しに目が合う。こちらに気付いた店長が顔に笑みが浮かび、スマホをしまう。  お邪魔します、と言いながら助手席に乗り込むと鼻先を香水の嗅ぎ慣れない匂いが掠めた。 香水という物に馴染みなどないので匂いの由来は分からないが、微かにピリッとした感じのする柑橘系の匂いは店長によく似合っているような気がする。 今日は仕事によく着て来る柄シャツではなくちょっと小綺麗な格好をしていたが、それはそれで遊んでいそうに見えるから不思議だ。 「出て来るの早かったね」 「窓から見えたんで」  待ちきれないほど楽しみにしていたと思われると癪なので訂正したが特にその辺りは突っ込まれず、シートベルトを締めると車はハザードを切って出発した。イオンまでは車で十分程度だが、平日の昼間とあって道が空いている。 「平日だし空いてますかね、映画」 「多分ね。ネットで席取る時選び放題だったし」 「あれ、もう席取ってるんですか」 「スケジュール調べたついでにね。真ん中のちょっと後ろの方にしたけど良かった?」 「はい。ありがとうございます。チケット代いくらでした?」 「要らないよ、俺が誘ったんだし」  チケットを取ったと聞いた時からそう来るだろうと予想はしていた。すかさず首を横に振る。 「今日はちゃんと払うんで。いくらですか」 「ほんとにいいのに。どうしたの」 「俺の家計が店長のおごりありきになって来ていることに危機感を覚えてるんですよ。だから遊びの分くらいちゃんと払わせてください」  その言葉に店長は一瞬面食らっていたが、ふっと目元を柔らげた。 「デートのつもりなんだから、格好付けさせてくれてもいいのに」 「今時は割り勘が主流でしょ、多分」 「デートなのは否定しないんだ」 「……して欲しいならしますけど」  そう言うと店長は口をつぐんだ。そうこうしているうちにイオンに到着し、映画館一階の駐車スペースに車を停めた。 田舎のイオンの例に漏れず駐車場はこれでもかというほどにだだっ広くて空いているが、映画館に直接は入れるこのスペースは屋根があるからかいつもそこそこ混んでいる気がする。駐車場からエスカレーターを昇って映画館のロビーに出ると、予想通り客の姿はまばらだった。 「やっぱ空いてますね」 「うん。ゆっくり観られていいね」  上映までまだ時間はあったが、することもないので飲み物だけ買ってさっさとスクリーンに入ってしまう。俺たちの観る作品は海外で賞を取ったとかで話題になっているせいか、公開からややしばらく経つがわりと大きいスクリーンに配置されていた。 「ホラー得意な方?」  隣に座った店長が声を潜めようとして右肩をこちらに寄せると、また微かに香水の匂いが鼻を掠めた。 「映画館で観るならまあ。深夜に部屋で一人で観ろって言われたらちょっと嫌ですけど」 「確かに。人が大勢場所だと何も起こらない気がするし」 「へえ、意外とそういうの怖いんですね」 「だって目に見えないものってどうしようもないからさ。俺ハウスダストダメなんだけど、あれも目に見えないから困るんだ。ベッドとかぱっと見は綺麗でも寝たらくしゃみ止まんなくなったりするし」 「くっ」  思わず笑いそうになるが場所が場所なので堪えようとしてかえって失敗する。咳き込むような声が出て、暗がりで店長が驚くのが分かった。 「え、どうしたの。大丈夫」 「いや、店長にとっての心霊現象ってアレルギーと同列なんだなと思って」  俺が笑っているだけだと気付いた店長も隣で小さく肩を揺らしたのがシートの揺れで分かった。 「言われてみれば変なこと言ってるなあ、俺。でも霊もホコリとみたいに掃除機で吸えたらいいのにね」 「そんな映画ありませんでしたっけ、古いので」 「えー、知らないなあ」  絶対あったはずだと思ってスマホを出して調べてみると確かに存在した。店長に画面を見せる。 「うそ、マジである。しかも俺生まれてないじゃん。そんなのよく知ってたね。実は映画詳しい?」 「自慢じゃないですけど、映画館なんて十年ぶりくらいに来ましたよ。……あ、そろそろ始まるんじゃないですか」  予告や海賊版禁止の広告が終わったので、案内通りに俺はスマホの電源を切る。この映画は一部表現がどうこうと言う文言が表示され、そういえばこの映画R18だったなと思い出した。

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