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第4話 変な奴にコクられる
「あれ? 圭人 、また虫さされか?」
「へ? なに?」
「ほらここ、首んところ、鏡で見てみ?」
「ん~? ……あ、ほんとだ」
トイレでツレに指摘されて鏡を見たら、首の下のほうに赤いのがポツンとあった。うーん、いつ刺されたんだろう。
そういやこの前、太ももの内側にも虫さされみたいな痕があった。風呂に入っているときに気づいたんだけど、痒くないからいつ刺されたのかわからない。もしかして、いっちゃんの部屋でデニムを脱いで寝ていたときに刺されたのかなぁなんて思ったりもしたけど、首は気がつかなかった。
(……薬、塗っておいたほうがいいのかな)
首の虫さされ痕に触っても痒くはない。でも痕が残りそうな気はする。
オレは皮膚が薄いのか、昔から虫さされ痕が目立つうえに残りやすかった。さらに刺されやすい体質らしく、小さい頃からしょっちゅう虫にさされていた。お袋に「掻いたら駄目って言ったでしょ!」って注意されるくらいあちこちに痕があったんだけど、痒くないから掻いたことはほとんどない。
(それなのに痕が残るって、どういうことだよ)
「おまえ、よく虫に刺されるよな。季節関係なしに」
「そうだっけ?」
「ほら、去年の冬休みにバスケのあとで着替えたとき、あんときも腕に虫さされあったじゃん」
「あー、そういやそうだったかも」
「おまえ虫にまで好かれんのな。つーか、顔がいいと人間にも虫にも好かれんのか?」
「何言ってんだよ」
「圭人 はいいよなぁ。虫にも人にもモッテモテでさぁ」
「虫にモテてもしょうがねぇだろ」
「そりゃそうか!」
あははと笑っている奴らを見ながら、虫どころかろくでもない人間に好かれても仕方ないんだけどと本気で思った。「とくに変態には好かれたくねぇし」と思ったせいで、飲み会のときに隣に座ってたナントカ先輩のことを思い出す。
……うわ、いま思い出しても気持ち悪い。思い出すんじゃなかった。
「そういやさ、飲み会でおまえ、白井先輩と飲んでたよな?」
「シライ先輩? 誰それ」
「いやいや、この前のハナビとの飲み会んとき、ずっとおまえの隣に座ってたじゃん。彫刻科の先輩で、ええと、何年だったっけ」
……あー、いま速攻で忘れようとしていたあの先輩、シライって名前だったのか。トイレを出て廊下を歩きながら、ハナビに彼女ができたって喜んでいた奴が「三年だよ」って答えている横顔を見る。
「名前なんて知らねぇけど」
「相変わらずだなぁ」
「で、なんだよ。その先輩がどうかしたのかよ?」
まさか股間がどうかした……っていう話だったらやばい。
「いや、なんか様子がおかしいらしくてさ」
「おかしいって、……体調が?」
「体調っていうより、メンタルのほう? 最近学校に来てないらしくてさ。部屋に様子見に行った人が、えらく心配してたんだよなぁ。なんつーの、まるでゾンビ映画に出てきそうな雰囲気だったって言ってたっけ」
「ゾンビ映画……?」
「あ、ゾンビのほうじゃなくてゾンビから逃げるほうな。やたら怯えてて顔色も悪かったって話なんだけどさ。白井先輩、ホラーでもスプラッタでも平気な顔して飯食いながら観るようなタイプだったらしくて、それで余計に様子がおかしいって話になってんのかもな」
自分が股間を蹴り上げたのが原因じゃないようで、取りあえずホッとした。
「卒論用の作品が決まらないって少し荒れてたらしいから、そのせいかもしんねぇけど」
「ふーん」
「おまえ、ほんと興味ないことだと食いつき悪いなぁ。白井先輩、おまえのこと狙ってたんじゃねぇの?」
「知らねぇよ」
「ま、モテモテの圭人 くんにだって好みがあるからなぁ。白井先輩、眼鏡してないし背もそんな高くなかったし、おまえの趣味じゃなさそうだったもんな」
「……は? え、ちょっと待って、なんでオレのストライクゾーン知ってんだよ」
「ンなの、歴代の相手見てりゃわかるって。なぁ?」
「知らない奴なんていないんじゃねぇの? 眼鏡かけた背の高いインテリ女子とばっか付き合ってたじゃん。あ、男もか。この前別れた奴、そんな感じだったっけ」
「男の場合は、少なくともおまえより頭半分以上は背ぇ高くないとオッケーしないよな」
「うっせぇ」
「圭人 くん、趣味わかりやすすぎー」
「うるせぇって」
「あはは! っと、やべぇ、次の講義出欠取るんだった!」
言うだけ言って、バタバタと走って行く数人の背中を見送る。
っていうか、オレの趣味ってそんなにわかりやすいんだろうか。大学に入ってからの友達にすらバレているって……マジか。しかも元カレがいたことまでバレていたみたいだし。
(……でも、態度変わんなかったな。いっちゃんが言ってたとおり、男同士ってそんなに珍しくないのか……?)
よくわからないけど、まぁいいや。それにシライ先輩がおかしいのはオレのせいじゃなかったみたいだし、あの人のことはきれいサッパリ忘れよう。そんなことを思いながら、一コマ空いてる時間を潰すために学食に向かった。
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「前からずっといいなって思ってたんです」
「はぁ」
「いま付き合ってる人、いないですよね? その、俺じゃ駄目ですか?」
「ええと、」
「坂上圭人 さん、俺と付き合ってください」
「あー……」
(連続で男に告白されるのは、さすがに初めてだな……)
そんなことをぼんやり思いながら目の前の男を見た。顔に見覚えはない。中途半端な時間帯に学食にいたってことは同じ大学に通っているんだろうけど、少なくともオレの記憶にはない顔だ。
オレが気づいていなかっただけで、相手はオレを見ていたのかもしれない。いまオレに恋人がいないことを知っているってことは、そういうことだ。
(つまり、若干のストーカーってことか)
オレに告白する男って、高確率でストーカー気質な奴が多い気がするのは気のせいだろうか。
「入学してすぐに見かけて、ずっと気になってたんです。でも、あのときはもう恋人がいたみたいだし、同じ男だし、無理だって思ってたんですけど……。あの、この前まで付き合ってた相手って、男ですよね? じゃあ俺にもチャンスありますよね?」
「ちょっと待った、入学って……」
「この春に入学しました」
(おー、後輩か……)
それなら顔に見覚えがなくても納得できる。それにしても、年下の男に告白されるのは久しぶりだ。高校三年のとき以来のような気がする。そんなことを思い出していたら、後輩くんが一気にしゃべり始めた。
「いままでずっと見てました。見てるうちにどんどん好きになって、いまじゃ夢に出てくるくらいなんです。先輩、俺本気なんです。俺なら、この前の男みたいに簡単に別れたりしない。本当に好きだし、絶対に大事にします! だから、あの!」
「あー、ちょっと待てって」
「あの男と別れたって知ったら、俺もう我慢できなくて!」
「わかったから、」
「近くで見たらマジ美少女で、俺もう興奮してきて!」
「だから、ちょっと待てって言ってんだろ。って、おい!」
学食からそんなに離れていない場所なのに、昼過ぎの怠くなる時間帯のせいか周りには誰もいなかった。誰にも見られていないとわかっているからか、目の前の後輩くんがにじり寄るみたいにジリジリと近づいてくる。そうして手を伸ばせば届く距離まで近づいてきたと思ったら、ガシッと両肩を掴まれてびっくりした。
「ぅわっ! ちょ、おまえ、待てって言って、」
「やばい、まつ毛超長い……。唇ぷっくりしててかわいい……」
「こらっ、離せって!」
「かわいい、先輩すげぇかわいい……」
肩を掴んだと思ったら、思い切り引き寄せられて「ひっ!」と情けない声が出てしまった。すぐ目の前にある後輩くんの顔が、そのままゆっくりと近づいてくる。
(いやいや、ちょっと待てって!)
オレはまだ何の返事もしていないっていうのに、いきなりキスをしようとするなんてとんでもない奴だな! そう思いながら身をよじったけれど、後輩くんの手は離れそうにない。慌てて肩を動かしたり後ずさろうとしたが、全部邪魔されてしまった。
(っていうか、これでキスされたらオレのファーストキスになるんだけど! 無理、無理無理! 絶対に無理!)
そもそも後輩くんは眼鏡じゃないし背もオレと同じくらいだ。オレの好みは眼鏡で長身で年上であって、目の前の男はストライクゾーンに1ミリもかすっていない。
それなのに、好みじゃない男の顔がどんどん近づいてくる。逃げたいのに、後輩くんの力が思ったよりも強いせいで離れられなかった。
(ぎゃー!)
焦点が合わなくなるくらい近づかれたところで、思わず目を瞑ってしまった。そんなことで防御できるはずもないのに、これじゃあキス待ち顔になってしまう。
(オレってば何やってんだよ!)
このままじゃ本当にファーストキスを奪われてしまう。こんなのオレが夢見ていた展開でもなんでもない。それなのに目を開けることも手で塞ぐこともできずに、ただじっとすることしかできなかった。
(お願いだから冗談だと言ってくれ……!)
そう願ったからか、覚悟していた感触に襲われることはなかった。すぐそばに気配は感じるが、迫ってくるような感じはしない。
(……諦めた、とか?)
おそるおそる目を開けると、目を瞑る前よりも後輩くんの顔が遠のいている。ホッとしながら後輩くんを見ると、変な顔をしたままフリーズしていた。
(……なんだ、その顔は)
まるでホラー映画の一番怖いシーンの直前のような顔をしている。もしくはジェットコースターで急降下する直前のような、青ざめながら口元を歪ませているように見えなくもない。
そんな奇妙な表情を浮かべたまま、なぜか後輩くんは微動だにしなかった。
「……おい?」
どうしたんだと思って声をかけると、あからさまにビクッと肩が揺れるのがわかった。……なんだよ、それじゃあオレが何かしたみたいじゃないか。
「おい」
告白しておいて失礼な奴だなと思って、もう一度声をかける。すると、ビクつきながらも今度は口を開いた。
「あ、の、俺、ほんとに好きで、本当に付き合いたいって、……ひっ」
「おい、」
「あの、ほんとに、俺……」
「おい、ほんとに大丈夫か?」
「ひぃっ!」
なぜか後輩くんが青ざめたままガタガタと震えだした。何なんだと思って声をかければ、今度は飛び退くようにオレの肩から手を離す。そのまま悲鳴のような声をあげ、こっちを一度も見ないままダッシュで走り去ってしまった。
「……マジで一体なんなの?」
告白じゃなかったのかよと眉が寄る。いや、告白されても困るんだが、だからっていまの態度は失礼すぎるだろう。
「オレ、別に怒鳴ったり殴ったりしてねぇよな? なのにあんなに怯えた顔して、一体なんだっつーんだよ」
これじゃあ告白されたというより、出会い頭にいちゃもんをつけられた感じだ。不愉快な気がしなくもないけど、いきなりキスを迫るような奴はお断りだから、いなくなってくれてよかった。
そもそも元カレと別れたばかりだし、すぐに新しい恋人がほしいなんて思っていない。むしろ大学の間は恋人なんていらないと思い始めているくらいだから、あれ以上しつこくされなくて本当によかった。
(……それにしてもいまの奴、マジで変だったな)
告白しようとしていたくせに、何で青ざめたりするかな。
「そういや、いい雰囲気になるといっつもこんな感じだったっけ」
元カノや元カレとそういう雰囲気になっても、相手が変な顔をしたり妙な態度になったりして、いつもうまくいかなかった。さすがにさっきの後輩くんみたいに挙動不審になることはなかったけれど、みんな似たり寄ったりだったことを思い出す。
これまで恋人になった相手とは、それなりにいい雰囲気になることもあった。キスに至ることはなくても、体をピッタリ寄せ合ったことくらいはある。そうなると「もしかして……」なんて、その先を期待するのは当然だろう。
それなのに、体に触れる直前で顔を引きつらせる元カレばかりだった。元カノに至っては、手を繋ぐだけで体をこわばらせたりしてたっけ、なんてことまで思い出す。
「……ま、過去のことなんて関係ないけどな」
思い出すと切なくなるけれど、過去の恋にはこだわらないし引きずらないのがオレのいいところだ。
「講義には出るか……」
若干面倒くさくなっていたけど、せっかくここまで残っていたんだから出るだけ出るか……。オレはハァとため息をつきながら、リュックの肩紐をグイッと引っ張った。
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