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言ったとたん、息が止まった。
もっと、簡単だと思っていた。もっとあっさりしたもんだと。
そうはいかなかった。
心臓がバクバクする。このまま咽から出てきそうだった。
体が動かない。どうしていいかわからない。
小崎の瞳が、ゆっくり大きく見開かれた。呆然としている。当たり前だろう。親友だと思っていた、しかも同性の友人に告白されたのだから。
「おまえが言えって言ったんだからな」
手島は、責任転嫁することにした。こうなったのは小崎のせいだ。小崎がしつこいからいけないのだ。
「……な、にが……」
「俺は、黙ってるつもりだったんだ。おまえが悪いんだ」
今更ながら、後悔した。言わなければ良かった。言わなければ、気まずいながらも言葉を交わす間柄でいられた。小崎を、失ってしまうことはなかった。
「ちきしょう、なんで言わせんだよッ、ばかやろう」
「い……つから」
「卒業してからだよ、おまえがいなくなって気づいたんだよ、すっげえしんどくて」
言いながら、何を慌ててるんだと思った。
冗談だと、はぐらかしてしまえばすむことだった。ばーか、騙されやがってと、笑えばいい。しかし、うまく笑えるだろうか。失敗すれば、溝を更に深めるだけだ。
「ウソ、今のナシ」
「俺も」
同時だった。
おかげで、手島は小崎の言葉を聞き逃しそうになった。
「え?」
今度も同時だ。二人、ぽかんとしてお互いを見つめる。
「何? 今、何つった?」
「え、ウソなの? 冗談なのか?」
小崎の息が荒い。唇が、かすかに震えている。
「言えよ、もう一回」
「言わない」
「言えって」
「ウソなんだろッ!」
「ウソじゃねえよ! 好きだッ好きだ! 俺はおまえが好きだ!」
一瞬、目を丸くして動きを止めた小崎は、ゆっくり視線をそらせて、か細い声を出した。
「……だから、俺も」
「俺も、何」
「いっ、言わせんなよ、そんなッ」
「俺は言ったぞッ、おまえも言え」
小崎は歯をギリギリいわせて手島をにらみつけると、左手の薬指の爪をかみながら俯いた。
それは、小崎がどうしようもなく恥ずかしがっているときにでる癖だ。
「……だから、俺だって……おまえが、す、好きだよ」
「……マジ?」
「マジだよ」
「ウソだろ?」
「いっ、いいかげんにしろ! ムリヤリ言わせたくせにおまえ!」
「だって、ありえねえよ、こっちだってありえねえのに、そっちもなんて」
「そりゃ、そうかもしんねえけど、そんなの知るかよ」
「ちゃんと考えて言ってんのか? どういう意味かわかってんのか?」
「わかってる……つもり、だけど」
小崎は、そこで言葉を切った。お互いが、瞳の中に真意を探ろうとしているように、しばらく無言で視線を合わせた。
「……たぶん、同じだと、思うけど」
少しだけ、自信なさそうに、小崎は繰り返した。
「俺が思ってんのと?」
「たぶん」
「ふうん」
手島は、状況を整理しようとした。
今は火曜の午後で、ここは俺の部屋で、目の前には俺のスウェットを着た小崎がいる。小崎はローテーブルの前で、ベッドの縁にもたれて膝を抱えて座り、落ち着かなげに唇を舐めたりしている。それを見て、思考は止まった。
「な」
「ん?」
「じゃあさ、したいことも同じかな」
「へ?」
手島は立ち上がり、小崎の隣へ並んで座り直した。肩が、触れるくらい近くだ。小崎が身じろぎする。
「何」
「おんなじだって言ったよな?」
「……言った」
そのまま身をのりだすと、手島は小崎に、軽く触れるようなキスをした。びく、と小崎の肩が震えた。間近で目を合わせると、ますます現実感が薄れた。
今、何をしてるんだろう。何がどうなってるんだ?
「変な感じだぜ」
「俺も」
「やっぱおんなじか」
「みたいだな」
体勢を戻して、手島はベッドにもたれかかった。ついさっきまで俺らはただの友達で、しかもケンカっぽくなってて、久々に会ったってのに気まずくて、なのにいきなりキスしている。
こんな展開が待ち受けていたとは、夢にも思わなかった。
「すげえな、なんか」
「……おう」
片腕を小崎の後ろにまわすと、身体が密着した。驚いて振り返った小崎に、手島はもう一度唇を重ねた。今度は、深く、そして簡単に終わらないやつだ。
「……ん……」
小崎は、逃げなかった。嫌がって体を引こうと思えばすぐにできた。それをしないのは手島を受け入れた証拠だ。
唇を離すと、吐息がもれた。小崎の頬がわずかに紅潮して見えるのは、気のせいだろうか。眦 が、仄かに潤んでいる。
確かに、色白かもな。手島は思った。背は低くなくて、色白で痩せ型。今度タイプを訊かれたら、そう言おう。
「……見てんなよ」
抱きよせたまま、至近距離で見つめていると、堪 えかねたように小崎が顔をそむけた。
「な」
その耳元に問いかける。
「おまえは、いつからなんだよ」
「……何」
「だから、俺のことだよ。好きだったって、いつからなんだよ」
「……言ったじゃん」
「え? いつ?」
「さっき」
「さっきって?」
「……ウソってのは、ウソ」
「え、前からってやつ? 中学からってこと? それ、何年のときからだよ」
「そんなん、わかんねえよ、気がついたら……だったから」
「すげえ」
「俺の勝ちだ、バーカ」
「勝ちも負けもあるかっての」
その時、階下で玄関の開閉する音がした。手島の母親が帰宅したらしい。
「あ、ババアが帰ってきやがった」
「え、じゃ俺、帰ろうかな」
「なんで。泊まってけよ」
小崎は腰を浮かせた姿勢で止まり、ためらう表情を見せた後、立ち上がった。
「や、今日は、まあ、帰るわ」
「服乾いてないぜ」
「大丈夫だろ、家までなら」
「カゼひくぜ」
「じゃ、服貸してくれ」
「やだね」
手島の応答に、小崎は言葉を失う。どう返してよいものか、今までと違ってうまく考えられない。
「……手島」
「帰るなよ」
手島は昔から、自分の感情に率直だ。小崎はそれでよく、戸惑った。子供のように、嫌いなものは嫌いで、好きなものは徹底的に好きなのだ。
「急に言ったって、ムリだって。明日、学校あるし」
「サボればいーじゃん」
「んなわけいくかよ。一限目小テストだ」
「はー、違うねえ、やっぱいー学校は」
「ンな言い方やめろよ」
「わかってるよ。服貸してやるよ」
小崎が着替えている間に、手島はまだ湿った制服を袋に詰めてきた。
「じゃ、な」
「おう」
玄関先に立った小崎を、手島はふてくされたような顔で見送った。不満なのは見てあきらかだ。小崎が背をむけようとしたとき、手島はその襟首をつかんでムリヤリ引き寄せ唇を合わせた。
「ッ手島!」
「大丈夫だよ。ババア台所だから。じゃな」
「……ん」
これからどうなるのだろう。小崎は動悸を押さえながら、外へ出た。
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