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 手島を恋愛対象として意識し始めたのはいつごろからだろう。  はっきりとしたきっかけはなかった。気がついたら、笑顔にドキドキしていた。手島が笑うのを見るのが好きで、見るたびに息がつまって、そのうち、苦しくなった。手島が違う友人としゃべったり、隣の席の女子をからかったりしているのを見るたび、とてつもない焦燥感にかられた。  でも、焦ったからといってどうなっただろう。手島の周りのものすべてに嫉妬するわけにもいかない。それで、期限を決めた。  卒業まで、一緒にいよう。  毎日、顔を見ているからつらいのだ。会わなくなれば、自然とあきらめられる。そう思っていた。実際、そうだった。進学して、手島のいない日常にゆっくりと慣れて、それが普通になって、そうすれば、偶然出会ったときでもただの友達として笑える。  一つ予定が狂ったとすれば、手島の行動だった。見かけても声をかけても、態度はどこかよそよそしく、ひどいときなどあからさまに無視された。何か、手島を怒らせるようなことをしただろうか。本気で悩んだのだ。  まさか、手島の方に事情があったなんて、思いつきもしなかった。  自分の中では、とっくに整理がついたと思っていた。もう、手島に対する気持ちなんて無くなっている、と。  それが、二人で会っているうちに、向かい合ってしゃべっているうちに、手島に粗雑な態度をとられるうちに、否応なく湧き上がってきた。  ああ、だめだ。自分はやはり、手島のことが好きなのだ。だから気になるのだ、手島が誰のことが好きなのか、それをなぜ自分に言えないのかが。  告白されて、呆然とした。現実味がまるでなかった。嘘だと思った。たちの悪い冗談だと思った。ちゃかせなかったのは、少しの希望と、手島の表情だった。  手島は、嘘がつけない。すぐ顔に出るから隠せないのだ。手島が本気なのか冗談を言っているのか、そんなことはすぐにわかる。だから、呆然としたのだ。  それにしても、展開が早すぎた。キスはともかく、昨日はあんなことまでしたし……、次は、ケ、ケツにつっこむなんて、 「小崎、聞いてるか?」  突然指名されて、小崎は飛び上がらんばかりに驚いた。皆の視線が自分に向けられている。そうだ、今は文化祭委員会の真っ最中だった。 「あ、すみません」 「じゃあ、これで議題は終了。他に何か気になってることはないかな」  会議室の壇上で会議を進行しているのは、生徒会長の光橋だった。受験を控えた三年生に代わって二学期に就任したばかりの二年生だ。小崎にとっては部活でも先輩にあたり、何かと声をかけてくれる。会議終了後にも、光橋は小崎のところまでやってきた。 「どうしたんだ、さっきはずっとぼんやりしてただろう」 「すみません」 「疲れてるのか? 最近忙しかったしな。そういえば、昨日も早退したんだってな。体調が悪いんじゃないか?」 「いっ、いえ、大丈夫です」  心配されて、小崎は急に顔が火照(ほて)る思いがした。身体を案じられても、その間に小崎がしていたことといえば、とてもじゃないが口に出せないことばかりだ。 「文化祭が終われば合宿だな。小崎は出席できるんだろう?」 「今のところ、そのつもりですけど」 「楽しみだな。そうだ、来週の木曜、午後から授業がないはずなんだ。中庭に出す屋台の材料の手配に行くんだけど、つきあってくれないか」 「いいですよ、どこのあたりですか」 「西島の方だ」 「じゃ、沢高の近くですね」 「そうだな、北側になるかな」  もしかしたら手島に会えるかもしれない。そう考えて、小崎はまた、あの台詞を思い出した。 「入れさせて」  う、と言葉を詰まらせて、小崎は大きく咳払いした。 「どうした、大丈夫か? やっぱり具合が悪いんじゃないか?」 「いえ、本当に大丈夫なんです。ちょっと、寝不足なだけで」 「はは、夜はちゃんと寝ろよ。何か考え事ばかりしてるんだろう」  偶然の指摘に、小崎は乾いた笑いをもらした。このところ、確かに考えてばかりだ。  頭の中から、手島が出ていってくれない。

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