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どうしてなのか、手島にはいまいちよくわからなかった。
あれは同意の上のはずだったし、最初は痛いかもしれないと言っておいたはずだし、小崎がそんなに嫌がるとも思っていなかった。先日、快感を分け合ったばかりだ。今度だって、嫌だと言いながらも最後は一緒に達することができると思っていた。
あれから手島は、なかなか小崎と話す時間を持てないでいた。携帯にかけても家電にかけてもまったく出てくれず、朝はわざと登校時間をずらしているようだし、早起きして待ち伏せしても、徹底的に無視された。八方ふさがりだ。
「てーしまっ。何ふさぎこんじゃってんの」
机につっぷして唸っている手島のところへ、工業高ではクラスに数人しかいない女子のうちの一人がやってきた。
「おう、そりゃふさぎもするぜ」
諒子は学年中の少ない女子の中でトップクラスに入る美人だ。
「なになに? 手島にも悩みなんかあるの?」
「あったりまえだっつーの。青少年には悩みはつきものでしょー」
「あ、わかった。恋愛の悩みでしょ? 彼女とうまくいってないの?」
「……まあね」
「えー、うそ、手島を悩ませる彼女なんてなんかすごーい」
「すごくねーよ」
「いーなー。あたしも彼氏欲しー」
「おまえもさっさと作ればいーじゃん」
「だってねー、本命が相手にしてくれないんだよね……。つーか、あたしのことはいいんだって。それで手島は、いつからつき合ってんの?」
「……先週からかな」
「えーやだー、ちょー新鮮じゃん」
「新鮮すぎて、もうどうしていいかわかんねえよ」
「何言ってんの、好きなんでしょ? その子のこと」
「そりゃ、まあな」
「じゃあ、そんなこと言ってたらダメじゃない。手島がわかんなかったら、彼女だってわかんなくなってるよ」
「……おまえ、なんかいい事言うな」
「女の気持ちは女が一番わかるのよ」
「おんな、ね。女の方がずっとわかりやすいよ」
「え? なんて?」
「いや、なんでもねえ」
「どっちにしろ、悩んでないでさ、いっぱい話した方がいいよ」
「……だって話もしてくれないんだぜ」
「なに弱気になってんの。そういうときは押して押して押しまくるのよ。彼女だって待ってるよ、絶対」
「そうかな」
「そうよ、絶対」
「お、なんかやる気出てきたぜ。サンキュな諒子」
「いいってことよ」
「よし」
放課後、手島は小崎の家に向かった。
このまま何もなかったことになってしまうのはごめんだった。小崎は手島のことを好きだと言ったはずだし、手島さえがまんすれば、ずっと一緒にいられるはずだ。
チャイムを鳴らすと、小崎の母親の甲高い声が返ってきた。
「あら、手島くんじゃない。久しぶりねえ、卒業以来かしら、うちへ来るの。こないだから電話くれてたわねえ、ごめんなさいね、哲哉ったら居留守使っちゃって。どうしたの、ケンカでもしたの?」
早口でまくしたてるおばさんに、手島は玄関まで入りこんでから訊ねた。
「あの、小崎、いますか」
「ええ、いるわよ。ちょっと待っててね」
おばさんは玄関の真ん前にある階段から二階へと上がり、すぐに下りてきた。
「ごめんねえ、手島くん。なんだか、会いたくないっていうのよ。どうしたのかしら」
もう、母親がいようと関係ない。手島は玄関に立ったまま、二階に向かって大声で叫んだ。
「小崎!」
ぴたりと閉じられた玄関扉から、外まで聞こえそうな声だった。目の前でおばさんが、目を丸くしている。
「ごめん! ほんとごめん! 俺が悪かった! もう二度としねえ! 約束する! 悪かった! 許してくれ!」
「て、手島くん?」
「小崎! 聞こえるか! 悪かった! 謝る! 二度としねえから! ごめん! 小崎!」
バン、とドアの開く音がして、ドタドタと階段を下りる慌てた足音が聞こえた。かと思うと、小崎が顔を見せた。
「なッ、何て声出してんだよッ!」
「ごめん! 悪かった!」
「い、いいから! もう上がれよッ」
顔を真っ赤にした小崎が、手島を二階へ促した。手島はようやくほっとして、おばさんに会釈すると小崎の横を通り抜け、階段を上がった。
「変わらないわねえ、手島くん。お母さん、好きだわー」
くすくすと笑い声を上げながら、母親が言う。小崎は決まり悪そうに台所へ入り、手早くインスタントのコーヒーとミルクココアを入れた。
「あら、後で持っていってあげるのに」
「いいよ、別に」
盆に二つのカップとスナック菓子の袋を乗せると、小崎は台所を出た。
「手島くん、夕飯食べてくかしら」
「いらないよ、たぶん。あの俺、あいつと大事な話あるから、上がってこないでよ」
「わかったわかった。年ごろねえ」
楽しそうに笑い声をたてる母親を尻目に、小崎は二階へ上がる。部屋の中では、ベッドに腰かけた手島が感慨深げに室内を見回していた。
「お、悪ィな」
小崎の渡したカップに口をつけ、一口飲んで手島は息をついた。小崎は床に腰を下ろし、ベッドにもたれかかる。
「久しぶり、おまえの部屋」
「……そうだな」
「相変わらず片付いてんな」
「ヒマだったから、掃除したばっかなんだ」
「あのさ」
手島はカップを盆の上に置き、小崎に並んで床へ腰を下ろした。
「さっきの、本気だから。おまえが嫌ならもうしねえから。だから」
「……その、ヤなわけじゃねえんだ」
「え?」
「だから……、あんときは、その、おまえがだな、急ぎすぎるから、怒っただけで、だから別に、絶対、イヤとか、そういうわけじゃなくて、なんつーか、覚悟がいるからさ」
「わかった。じゃ、おまえがいいってゆーまでしねえ。それでいい?」
「……おう」
「よかったー。もうどうしようかと思ってたんだよな。おまえとケンカなんか、あんましたことなかったしさ、どうやって謝っていいかわかんなくてよ」
「……俺も。なんかタイミングつかめなくって、俺からなんて言っていいかわかんなくって困ってた」
「じゃ、今日は俺、マジ来て良かったっつーこと?」
「……まあな」
やっぱ諒子すげー、と思いながら、手島は小崎を抱きよせた。
「キスしていい?」
耳元に小声で問いかけると、小崎は小さく頷いた。最初は軽く触れるように、それから深く唇を合わせ、丹念に味わった。このうえなく心地よかった。
「はあー、やっぱいいわ」
「何言ってんだ」
「だってもうできねえかと思ったもんな」
「ンなわけねえだろ」
何の迷いもなくそう答えた小崎に、手島は充分満足して、もう一度顔を寄せた。
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