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C/6
商店街を抜けて、あと一つ角を曲がれば家が見えるというところに、思わぬ姿を見つけた手島は、思わず顔をほころばせた。まさか会えるとは思っていなかったからだ。
「どうしたんだよ」
浮かれた足取りで近寄ると、小崎は上目遣いに睨んできた。
「……小崎?」
「……遅かったな」
「あ、うん、えーと、おまえはどうしたんだよ、今日、用事があるって言ってなかったっけ?」
「……あったよ。行ってきた。今度の文化祭の屋台の資材の買い出し。沢高の近く」
「……へえ」
「おまえ、今日、あのへんにいなかった?」
「え、あのへんって?」
「学校の裏手の、堤防のへんだよ」
「……そりゃ、学校の近くなら、うろついてたりすると、思うけど」
小崎は、何のことを言ってるのだろう。手島は鼓動がだんだん早くなるのを感じた。
まさか、だ。まさか、だって。そんな偶然。
「堤防沿いのラブホだよ。あんなとこで、何してたんだよ」
なんてひどい偶然だろう。手島はめまいがしそうになった。いくらなんでも、よりによって、どうして小崎に目撃されなければならないのか。
「なんだよ、なんで黙ってんだよ。なんか言えよ」
「……あの」
「女と二人でラブホ入ってって、まさか何もしてないなんて言い訳するつもりじゃないだろうな」
返す言葉がない。当たり前だ。いったい、何を言えばいいのだろう。
「今までのこと、全部、冗談だったのか? からかってただけなのかよ」
「違う、そんなわけない!」
「じゃ、なんだよ。結局、女のほうがいいんじゃねえか」
「違うって。だって、もう俺、せっぱつまっちまってて、このままじゃ無理やりおまえをどうこうしちまいそうで」
「だからって、他のやつとやるのかよ。それだけかよ。別に、俺じゃなくても良かったんじゃねえかよ、なんだよそれ」
「待てよ、小崎」
「信じらんねえよ、もうわかんねえ」
「小崎っ!」
つかんだ腕を強引に振りほどいて、小崎は暗くなった路地を駆け去っていった。後にはただ、夕刻の喧騒だけが残る。
手島は、たった今起こったことが理解できずに、呆然と立ち尽くしていた。
いったい、何があったんだ。自分はいったい、何をしたんだろう。
わかっていることはひとつで、もう昨日までのように小崎は笑ってくれないということだった。
どうすればいいのか、わからない。ひどいケンカをして、先日ようやく許してもらったばかりなのだ。そのとき小崎は、もうキスができないかと思ったと言った手島に、そんなわけないだろと笑った。絶対に、仲直りをするつもりのケンカだった。お互いが好き合っているのを確信していたからだ。
でも、今回は違う。前回とは、根本からして違う、先のないケンカだ。
絶望的だ。
昨日からこっち、手島は頭の中が真っ白で、何も考えられないでいた。意識的に、思考を停止させていたとも言える。考えれば、悪いほうにばかり落ちこんでいく。今度こそ、もう二度と小崎に触れられないかもしれないという悪夢だ。
「……手島?」
頭上から、遠慮がちな柔らかい声が降ってきた。諒子だ。手島は腕を組んだまま、机上に落とした視線を上げずにいる。今が何時間目の休み時間なのか見当もつかない。普段は億劫な授業に真面目に出席しているのは、静かなところにいたくないからだ。なにか、他のことを考えていたいからだ。
そんな手島の尋常じゃない顔色を見て、諒子はいつものように茶化さずにいた。学年一の美人は、抜群の容姿とテクだけじゃなく、気配りもできるとびきりイイ女だ。
「おまえ、やっぱカワイイな」
「そうゆーてっしーは、すごい悲愴感漂わせてんですけど」
「なんか、何をどう考えていいんだか、わかんないっす」
「え、マジどうしたの? なんかヤバイ?」
「やばすぎて言葉になんねェ」
「どしたの? ほんと」
「見られた」
「何を」
「昨日、おまえといるとこ」
「誰に。え、まさか、カノジョ?」
「正解。リョーコちゃんあったまいー」
「って、え、どこで。まさか、ホテル出るとこ?」
「ホテル入るとこ」
「マッジー? それかなりやばくない?」
「マジかなりやばいっすよ。俺、も、どうしていいんだかわかんない」
「カナリ怒ってる?」
「見たことないくらい怒ってる」
「……すっげー」
声音が変わって、手島が顔を上げると、諒子が感心した表情を浮かべて立っていた。
「なんだよ、すげえって」
「……手島、かなりマジなんだね」
「は?」
「だってさ、別にセフレってあたしだけじゃなかったっしょ? 手島って、誰かにたいしてマジになる人じゃないと思ってた。今の彼女のこと、本気で好きなんだね。すっげ大事なんだね」
「……おう。大事よ」
「いいなー。そんなに本気で愛されて。いいよなー、そんなに真剣に悩んでもらえてさ」
「いくねエっての。どんなに俺が好きでも、それを信じてもらえねンだもん」
「そりゃまあそうよね。他のオンナとホテル入るの見ちゃねー」
「死にそう」
「でも、謝るしかないよね」
さらりと、諒子は言った。
「へ?」
「許してもらいたいんでしょ?」
「とーぜん」
「じゃ、もう謝るしかないじゃん。許してもらえるまで。土下座したってさ」
「土下座」
「見たことないね」
「生ではね」
やっぱり、諒子はすごい。手島は、平手で打たれたかのように、目が覚めた。
「だよな」
「ん?」
「俺が完全に悪くて、どうしても許してもらいたかったら、謝るしかないよな」
「そうよ。それで誠意が伝われば、いつかは許してくれるわよ」
「いつかは」
「後は根気の勝負よね。手島が相手を諦めたくない限り、納得いくまで謝れば」
「俺、今日からおまえを諒子様と呼ぼう」
「宗教作るつもりないから」
学年中の男をたらしこめそうな笑顔で、諒子が艶然と手島を見下ろした。
「だよな!」
手島は決意を胸に立ち上がった。何を悩んでいたのだろう。取るべき道はひとつしかなかったのに。
「諒子、マジでサンキュ! バイト代入ったら何か買ってやるから!」
「先に彼女に何かプレゼントしなよ」
「おまえ、恋愛アドバイザーやれ。絶対儲かるから」
呆れたように肩をすくめる諒子に背を向けると、手島は教室を飛び出した。
行くべき場所も、ただひとつだ。
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