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 商店街を抜けて、あと一つ角を曲がれば家が見えるというところに、思わぬ姿を見つけた手島は、思わず顔をほころばせた。まさか会えるとは思っていなかったからだ。 「どうしたんだよ」  浮かれた足取りで近寄ると、小崎は上目遣いに睨んできた。 「……小崎?」 「……遅かったな」 「あ、うん、えーと、おまえはどうしたんだよ、今日、用事があるって言ってなかったっけ?」 「……あったよ。行ってきた。今度の文化祭の屋台の資材の買い出し。沢高の近く」 「……へえ」 「おまえ、今日、あのへんにいなかった?」 「え、あのへんって?」 「学校の裏手の、堤防のへんだよ」 「……そりゃ、学校の近くなら、うろついてたりすると、思うけど」  小崎は、何のことを言ってるのだろう。手島は鼓動がだんだん早くなるのを感じた。  まさか、だ。まさか、だって。そんな偶然。 「堤防沿いのラブホだよ。あんなとこで、何してたんだよ」  なんてひどい偶然だろう。手島はめまいがしそうになった。いくらなんでも、よりによって、どうして小崎に目撃されなければならないのか。 「なんだよ、なんで黙ってんだよ。なんか言えよ」 「……あの」 「女と二人でラブホ入ってって、まさか何もしてないなんて言い訳するつもりじゃないだろうな」  返す言葉がない。当たり前だ。いったい、何を言えばいいのだろう。 「今までのこと、全部、冗談だったのか? からかってただけなのかよ」 「違う、そんなわけない!」 「じゃ、なんだよ。結局、女のほうがいいんじゃねえか」 「違うって。だって、もう俺、せっぱつまっちまってて、このままじゃ無理やりおまえをどうこうしちまいそうで」 「だからって、他のやつとやるのかよ。それだけかよ。別に、俺じゃなくても良かったんじゃねえかよ、なんだよそれ」 「待てよ、小崎」 「信じらんねえよ、もうわかんねえ」 「小崎っ!」  つかんだ腕を強引に振りほどいて、小崎は暗くなった路地を駆け去っていった。後にはただ、夕刻の喧騒だけが残る。  手島は、たった今起こったことが理解できずに、呆然と立ち尽くしていた。  いったい、何があったんだ。自分はいったい、何をしたんだろう。  わかっていることはひとつで、もう昨日までのように小崎は笑ってくれないということだった。  どうすればいいのか、わからない。ひどいケンカをして、先日ようやく許してもらったばかりなのだ。そのとき小崎は、もうキスができないかと思ったと言った手島に、そんなわけないだろと笑った。絶対に、仲直りをするつもりのケンカだった。お互いが好き合っているのを確信していたからだ。  でも、今回は違う。前回とは、根本からして違う、先のないケンカだ。  絶望的だ。  昨日からこっち、手島は頭の中が真っ白で、何も考えられないでいた。意識的に、思考を停止させていたとも言える。考えれば、悪いほうにばかり落ちこんでいく。今度こそ、もう二度と小崎に触れられないかもしれないという悪夢だ。 「……手島?」  頭上から、遠慮がちな柔らかい声が降ってきた。諒子だ。手島は腕を組んだまま、机上に落とした視線を上げずにいる。今が何時間目の休み時間なのか見当もつかない。普段は億劫な授業に真面目に出席しているのは、静かなところにいたくないからだ。なにか、他のことを考えていたいからだ。  そんな手島の尋常じゃない顔色を見て、諒子はいつものように茶化さずにいた。学年一の美人は、抜群の容姿とテクだけじゃなく、気配りもできるとびきりイイ女だ。 「おまえ、やっぱカワイイな」 「そうゆーてっしーは、すごい悲愴感漂わせてんですけど」 「なんか、何をどう考えていいんだか、わかんないっす」 「え、マジどうしたの? なんかヤバイ?」 「やばすぎて言葉になんねェ」 「どしたの? ほんと」 「見られた」 「何を」 「昨日、おまえといるとこ」 「誰に。え、まさか、カノジョ?」 「正解。リョーコちゃんあったまいー」 「って、え、どこで。まさか、ホテル出るとこ?」 「ホテル入るとこ」 「マッジー? それかなりやばくない?」 「マジかなりやばいっすよ。俺、も、どうしていいんだかわかんない」 「カナリ怒ってる?」 「見たことないくらい怒ってる」 「……すっげー」  声音が変わって、手島が顔を上げると、諒子が感心した表情を浮かべて立っていた。 「なんだよ、すげえって」 「……手島、かなりマジなんだね」 「は?」 「だってさ、別にセフレってあたしだけじゃなかったっしょ? 手島って、誰かにたいしてマジになる人じゃないと思ってた。今の彼女のこと、本気で好きなんだね。すっげ大事なんだね」 「……おう。大事よ」 「いいなー。そんなに本気で愛されて。いいよなー、そんなに真剣に悩んでもらえてさ」 「いくねエっての。どんなに俺が好きでも、それを信じてもらえねンだもん」 「そりゃまあそうよね。他のオンナとホテル入るの見ちゃねー」 「死にそう」 「でも、謝るしかないよね」  さらりと、諒子は言った。 「へ?」 「許してもらいたいんでしょ?」 「とーぜん」 「じゃ、もう謝るしかないじゃん。許してもらえるまで。土下座したってさ」 「土下座」 「見たことないね」 「生ではね」  やっぱり、諒子はすごい。手島は、平手で打たれたかのように、目が覚めた。 「だよな」 「ん?」 「俺が完全に悪くて、どうしても許してもらいたかったら、謝るしかないよな」 「そうよ。それで誠意が伝われば、いつかは許してくれるわよ」 「いつかは」 「後は根気の勝負よね。手島が相手を諦めたくない限り、納得いくまで謝れば」 「俺、今日からおまえを諒子様と呼ぼう」 「宗教作るつもりないから」  学年中の男をたらしこめそうな笑顔で、諒子が艶然と手島を見下ろした。 「だよな!」  手島は決意を胸に立ち上がった。何を悩んでいたのだろう。取るべき道はひとつしかなかったのに。 「諒子、マジでサンキュ! バイト代入ったら何か買ってやるから!」 「先に彼女に何かプレゼントしなよ」 「おまえ、恋愛アドバイザーやれ。絶対儲かるから」  呆れたように肩をすくめる諒子に背を向けると、手島は教室を飛び出した。  行くべき場所も、ただひとつだ。

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