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目醒めの夏 第5話
宿題をしながら胸ポケットに入れた指輪をこねくり回して、いらいらとしながらドリルを解く。
この時間のせいで、俺よりさきにそいつが優一郎に指輪を渡してしまうかもしれない。
そうしたら、優一郎の特別はずっとそいつになってしまう!
そろりと盗み見た台所では、母ちゃんが起き出してきた妹にご飯を食べさせていて居間のほうを気にしていないようだった。
おじいちゃんの家は廊下がきしきし軋むから、ゆっくりゆっくり音を立てないように歩く。
開けられた玄関から飛び出して、母ちゃんに気づかれてないか後ろを振り返ったら妹と目が合った。
とっさに口に人差し指を当ててから、母ちゃんが振り返らない内に駆け出す。
「じいちゃんとこの湖」はじいちゃんの持ってる山の中にあって、家からだと近道を通れば五分くらい?もうちょっと?
とにかくすぐ着くし、道も一本だから迷うこともない。
開けている湖の前まで来ると、トイレに行く時に向かう方へと駆ける。
夏だけど山だし湖の傍だしで涼しいはずなのに、どうしてだか全身汗でぐっしょりだ。
胸は走っただけじゃないドキドキでいっぱいだし、なんなら手は妙に震えている。
「 ────優一郎!」
大きい声を出すと、岩の向こうに見えていた黒い頭が動いて岩越しにこちらを見た。
「あれ? どうしたん? 今日は早いやん?」
いつもはお昼を食べてからってことで、午前中に来ることなんてない。
「あ うん」
本当に不思議なんだけど、ここまで一生懸命走ってきた勢いが逸れて、トボトボと数歩だけ歩いた。
「どうしたん?」
いつもみたいに隣に来ない俺に、きょとんと首を傾げてみせる。
「水着でもないし、なんか用事やったんかな?」
動かない俺に焦れたのか、優一郎は岩から飛び降りて不思議そうな顔をしながら近づいてきて……
「あああああああの。 」
「うん?」
なんや? と尋ねながら目の前に来た優一郎に硬く握りしめた拳を突き出す。
「やる」
「え?」
「お菓子食べてたら当たった。俺いらないし、優一郎にやる」
? を浮かべながら、それでも優一郎は両手を出してくれたから、その掌にできるだけ優しく指輪を置く。
「わっ!」
白い掌の上で転がるピンク色の石のついた指輪は、山の中ではケバく見えてなんだか落ち着かない。
手に入れた時はすごくいいものだって思ったのに、山の緑と優一郎の白い手と比べるとひどく場違いで……
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