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午睡の蹲 第3話
「靖治? どうしたん?」
さくさくと草を踏みしめながらこちらにくる人は、何度目を擦ってみても優一郎だ。
「……」
「待っとんたんよ!」
そう言うときょろきょろと辺りを見渡してから、さっと手を引いてくる。
「ほら、見つからんうちにこっち」
「見つかるって? 誰に?」
「……きよちゃんに」
小さい時は知らなかったけど、葬式とかあったから「靖治」も「きよちゃん」もすべて誰だかわかってしまった。
優一郎は俺を岩の影まで連れて行くと、ちょっと唇を尖らせて「わかってるんやけどな」と喋り出す。
「わかっとんのよ? きよちゃんが怒るんも。って言うか、怒って当然なんやけど……」
そう言うと優一郎は隣り合って座って所在無げだった俺の手に指を絡めて黙り込んだ。
何も言わずに眩しい湖の方を見る目は、細められているせいか微睡むような、それとも目覚めの瞬間のようでもあった。
優一郎の手が冷たいせいか、夏だと言うのに絡み合った手には汗もかかなくて……
「それでも、こうやって会えるんが、幸せなんよ」
消えてしまいそうに笑う優一郎の手を振り払うことができないまま、曖昧に頷いて同じように視線を湖面へと向ける。
静かで、
ただただ、
静謐に満ちた、湖。
私有地で、辺鄙な所にあるからきっとここに来るのは俺達家族くらいなものだっただろう。
それも年に数日だけ、それももう十数年していない。
「……ずっと、待っててくれたんやな?」
「うん? そら当たり前やん」
こちらに向けられる笑顔は、俺が見たこともないもので……
毎年、俺に向けられていた笑顔は全然特別なものなんかじゃないって言うことに気が付いた。
「靖治がそうして欲しい言うたんやから、俺は信じて待つだけや」
照れくさそうにはにかむ優一郎に、言葉が詰まってしまって返事ができない。
「どうしたんや? 今日はなんや変やで?」
少し悲しそうな声にぎゅっと手を握ると硬質な感触が返ってくる。
幼い頃に、気持ちのままにはめた玩具の指輪が、くすむことも褪せることもなく白い指に窮屈そうにはまっていた。
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