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午睡の蹲 第4話

「優一郎」  あれから、ずっと。  いや、何十年もここで待っていた優一郎に、俺は靖治じゃないなんて言い出せなくて、慰めるように黒い髪を梳く。  それだけで嬉しそうに微笑む姿は、何年も会ってたのに見ることの叶わなかった姿だ。  髪を梳いていた手を頬に滑らせると、恍惚の表情で頬を摺り寄せて……  いつも見上げていた優一郎を見下ろすと、頬を赤くしてこちらを見上げてくれる。  その目に映っているのは俺じゃなくて靖治だ。 「  ────っ」  手を振り払って走り出すのは簡単なことだった。  けれど、黒い瞳に吸い込まれるように唇を重ねてしまったのは、幼い頃に抱いた靖治への嫉妬と言うよりは、不完全燃焼に終わってしまって燻り続けた初恋の痛みのせいだ。  ちゅ、ちゅ、と温まない湖と同じ温かさの唇を貪ると、小さく鼻に抜けるような甘い声が耳を打つ。 「靖治……」  甘えるような、泣き声のように上ずる声は真夏の日の光の下には似つかわしいとは思えなくて、ぐっと腕を突っぱねて体を離した。  頼りなげな銀の糸がお互いの唇から繋がって、小さく光りながら途切れる。 「  っ、ごめ……ごめんやで」  俺が突っぱねたのを拒絶と取っただろう、優一郎はさっと身を縮めて狭い岩場の端の方へと身を寄せてしまった。 「もう、こう言うんはなしにしよって……言ってたのにな」  膝を寂しそうに抱えて、優一郎の目はまた湖面を見る。  木と湖面しかない世界を見つめ続ける横顔の寂しさに、咄嗟に手を伸ばして細い体を抱き締めた。  腕の中にすっぽり入った優一郎の体は、俺の頭の中の物よりもずっと小さくて華奢で、そしてひやりとしている。  俺の体温が移って、ほんの少しでも温かくなればいいのにと思いながら力を込めると、縋りつくように腕が回されて…… 「ごめんな、ごめんやで……」  細い体に手を遣ると、薄い皮膚の下に肋骨の感触がある。  緩やかに撫でて、麻のシャツの隙間から指先を挿し込む。  日差しに当たって俺の肌は痛いくらいに熱くなっているのに、眩暈がしそうなほど白い肌は赤くすらなってなくて……  けれど俺がシャツのボタンに手をかけた時だけ、ぱっと朱を散らしたかのように頬に赤みが差した。

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