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第5話
震える手でスマホを操作し、以前撮った動画を再生する。
「見てください。証拠です」
日水村の入口に据えられた道祖神の石仏を指し、続いて地面の一点をタップ。
「大きくします。十円玉が揺れてるのわかりますよね?こっちに持ってくると、ほら」
彼女の言うとおり、道祖神の向こうに置いた十円玉はひとりでに動いてる。手前に移したら微動だにしない。茶倉と二人してスマホを覗き込み、言葉をなくす。
「私、怖いんです。尚人さんがおきゅうさまの怒りに触れて祟り殺されたのが事実なら、次に狙われるのは私やお義父さんかもしれません」
「何故」
「土砂崩れの原因は尚人さんが無茶な工事を強行したから、そのせいで山の地盤が緩んだんです。私が止めても将来的には村の利益になるの一点張りで、全然聞いてくれませんでした。身内がしでかした不手際ですし、おきゅうさまに恨まれても仕方ありません」
「あなたやご家族が現状祟りを被っているわけではない?」
ドライに念を押す茶倉に対し、清美さんがキツく眉根を寄せる。
「最近、夜になると子どもの泣き声が聞こえてくるんです」
「男の子?女の子?」
「どちらかわかりません。けどとても哀しそうな声でした。心配になってあちこち出歩いても見当たらず……私に子どもはいません。佐沼の屋敷は他からポツンと離れてるし、村に小学生はいないはずなのに、やっぱりおきゅうさまと関係あるんでしょうか」
夜の静寂の中、か細く響き渡る子どもの嗚咽を想像しぞくりとする。
「どうして結び付けたがるんですか」
「神様には生贄を捧げるのがお約束じゃないですか。声が聞こえ始めたのは尚人さんが死んだ日の夜、偶然とは思えません。きっと日水山の社で生贄の子を殺してたんだわ、土砂崩れがきっかけで可哀想な幽霊がさまよいでたのよ」
「落ち着いてください、あなたの推理が正しいなら災害時に遺骨が出てこなきゃおかしいでしょ」
茶倉の指摘は一理あるが、清美さんは聞く耳持たず腰を浮かす。
「私だけじゃありません、義父や家政婦さんも聞いてるんです!それに村の雰囲気も変なんです。得体の知れない何かに終日見張られてる感じがして、みんなピリピリ殺気立って……村役場じゃ社の再建計画が持ち上がりましたが、棟梁が体調を崩されて全然進んでません。お願いします茶倉さん、一度いらしてください。何もないならそれでいい、むしろ何もないと証明して私たちを安心させてください」
声がヒステリックに高まる。茶倉はうんざりしていた。
「失礼ながら、家を出る選択肢はないんですか?旦那さんが亡くなったんなら居残る理由もないはずですが」
「養父を見捨てていけません。結婚する時、最期までお世話すると約束したんです」
清美さんの決意に目頭が熱くなり、加勢に回る。
「ニ・三日お呼ばれする位減るもんじゃなしいいじゃんか、こんだけ頼んでるんだぜ」
「減るわい交通費」
「もちろんそちらもお支払いします」
清美さんが分厚い封筒を机に滑らす。
「とりあえず手付け金をお受け取りください。三百万あります」
「さっ!?」
TSSがいくら暴利とはいえ、前払いの手付け金三百万は破格。茶倉も喉から手が出るほど欲しいはず。
「問題が解決したらさらに倍額お支払いします。お願いします、この道のプロと恃んだ茶倉さんしか頼れる方がいないんです」
清美さんと茶倉が瞬きもせず対峙する。玉露には結局口を付けないまま、湯飲みの存在さえ忘れ去られていた。
封筒から出した札束を弾いて数え、茶倉が特大のため息を吐く。
「―わかりました。善処します」
「ありがとうございます!」
清美さんは何度もお辞儀して帰って行った。ドアが閉まったのを確認後振り返りゃ、茶倉は机に封筒を投げ出し物思いに耽ってる。その視線がこちらを向く。
「俺が今考えとることわかるか」
「喪服未亡人最高」
「否定はせん。泣きぼくろがそそるわ、あとうなじ」
「人妻フェチめ」
「熟女も嫌いやない。どうでもええけど、未亡人寝取るAVは位牌を倒すんが合図て知ってた?」
「やけに詳しいのが怖ェしドン引き」
ずばり切り込む。
「気乗りしねェの?」
「依頼内容がふわっとしすぎ。長野の端っこのしみったれた村に神様だかなんだかよォわからんのがおって、ソイツの祟りで土砂崩れが起きて、嵐ン中ちんたら運転しとった地主の倅が死んだ。その日から夜な夜な子どもの泣き声が聞こえてくるわ村ん中で地震が相次ぐわ、踏んだり蹴ったりちゅー話やな。拝み屋の管轄かわからんけど……本職のカウンセラー向きや」
「被害妄想だって言いたいのか」
「半分がた」
「子どもの声は舅や家政婦も聞いてんだろ、立派な傍証だ」
「同情して話合わせとるんちゃうか?」
「んなまさか」
「少なくともあの清美って女から変な気配は微塵も感じんかったで」
茶倉が断言すんなら間違いねえ、今の段階じゃ清美さんに祟りは及んでないと見ていい。
……が、問題はそこじゃねえ。清美さんが「おきゅうさま」と発した瞬間、傲岸不遜な守銭奴の顔が強張ったのは見逃せねえ。
端正な面を染めたのは紛れもない嫌悪と恐怖の感情、長い付き合いを自負する俺が見たことない戦慄の表情。
物言いたげな視線を受け、紙幣をしまった茶倉が話題を変える。
「道祖神は子どもと親しむ神て言われとるし、泣き声と無関係て決め付けるんも早計か。調べてみななんとも言えん」
「……嫌なら無理にやんなくても」
今から追いかけりゃまだ間に合うと判断、お伺いを立てる。茶倉は何も言わず湯呑を一瞥、呟く。
「もったいな。すっかりさめてもた」
次いで封筒にキスし、不敵な笑顔で向き直る。
「喜べ理一。三百万もろたさかい、グリーン車予約できるで」
安心したら喉が渇いた。玉露は冷めてもうまい。だしぬけに湯呑を掴み、すっかりぬるくなったお茶を飲み干す。
「げほげほっ!」
濃すぎてむせた。
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