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第6話
『次は日水村~日水村~。お降りの方はお忘れ物などなされませんようご注意ください』
中年運転手の間延びしたアナウンスが閑散とした車内に響き渡る。
鄙びたバス停に降り立ち、排気ガスを撒いてUターンするバスを見送る。ここより先に集落はないので後は戻るだけ。
「一日二本て辺鄙すぎるやろ。どん詰まりかいな」
「間に合ってよかったな」
「田舎は好かん」
「都会人め。蝉に小便ひっかけられろ」
「高いんやこのスーツ」
排気ガスを浴びた茶倉がわざとらしく咳き込み、気取った手付きで埃をはたき落とす。
白い煙をたなびかせ遠ざかるバスに一抹の心細さを覚える。立て看板に貼られた時刻表には余白が目立った。
一応免許は持ってるが車で来ないで正解だった。もし来てたら長旅になる上、曲がりくねった峠道で車酔いしてた。
「ん~。やっぱ長野はいいなあ、日本の原風景って感じ」
おもいきり深呼吸、五指を組んだ手を裏返し伸びをする。
ガードレールの向こうには畦道に区切られた水田や畑の中に、ビニールハウスや民家が点在する村が広がっていた。山間の盆地に開かれたらしい。
村の北側にはこんもりしたフォルムの山が居座ってる。手庇を作り、ガードレールから身を乗り出して眺望を楽しむ。
「あれが日水山か。でっけえ。て事は、麓にあんのが佐沼家?」
「白い塀が目印やな」
清美さんが住んでる屋敷はすぐわかった、村で一番デカくて広い。世が世なら長者様の御殿だ。
「のどかで気に入った」
「のどかすぎるのが短所。Wi-Fi入るんか?」
「スマホ依存かよ。たまにゃネット断ちしようぜ」
「クライアントと連絡に使うんや」
渋い顔の茶倉があちこちスマホを翳し電波が入るか試す。結果、Wi-Fiは入らないが電波は通じる事が判明し一安心。俺は肩のこりを揉んでほぐす。
「エグいカーブの連続で三半規管が鍛えられた」
「酔い止めには緑を眺めるとええ」
「山とか川?」
「蒙古斑。自分の」
「ねえよ!あったとしてもどうやって見んだよ、でんでんでんぐり返りでバイバイバイか」
「ケツが青いて嫌味や」
村に訪れるのが清美さんの依頼から三日後にずれこんだのは、片付けなきゃいけない仕事が残ってたから。有名人はスケジュール調整が大変なのだ。それはそうと、こんなド田舎にハイブランドのスーツできめてくる茶倉はよくわかんねえ。蝉の視線でも意識してんの?
「このタイプのバス停珍しいよな。映画でしか見たことねえ」
日水村のバス停は木製の小屋だった。古いベンチが置かれている。板壁に貼られた地元商店のポスターは色褪せていた。セピアがかったラムネ瓶と幟のイラストが郷愁を誘い、喉の渇きが苛む。スマホを掲げてパシャリ。
「だから撮んなて恥ずかし、人がきたらどないする」
「他人のふりは得意だろ」
記念撮影してたらうんざり注意された。頃合いと見て歩き出し、清美さんやネット経由で仕入れた情報をおさらいしておく。
「清美さんの話によると人口は三百人程度、村人の過半数を七十代以上の高齢者が占める。さらにその大半が自営業の農家で、米や野菜の収穫・出荷で生計を立ててるんだって」
「自給自足で回っとるんか。学校や仕事行くんにも不便やろな、過疎化に拍車がかかる訳や。限界集落一歩手前やん」
茶倉はずっとテンションが低い。田舎が嫌いというのは本音らしい。いや、単に暑さにまいってるだけか。もっと涼しい格好してこいよ、と内心突っ込む。
バス停の近く村に続く横道が繋がっていた。なだらかな坂を下りて行くと、男女二体の石仏が目にとまる。問題の道祖神だ。
「双体像か」
「夫婦ってこと?」
「一口に道祖神ちゅーても色々種類がある。単体道祖神、単体二神道祖神球状道祖神、文字型道祖神、自然石道祖神、男根型道祖神」
「男根型!?」
まずい、反応しちまった。案の定、指折り数える茶倉に軽蔑された。仕切り直し。
「道祖神は五穀豊穣のほかに夫婦和合や子孫繁栄の象徴でもある性の神さかいに、お前の大好きな男根をかたどるんや」
「一言余計」
茶倉は博識だ。伊達に民俗学や宗教学の本を読み漁り、日本全国津々浦々を飛び回ってねえ。高校の頃から成績良かったもんな。
いざ正面に立ち、日水村の入口を守る道祖神をしげしげ観察。長年風雨にさらされたせいであちこち欠けてるものの、仲良く手を取り合うさまにほっこりする。
「劣化具合見るに三百年は経っとる」
「さすが道祖神鑑定士」
「んな職業ない」
スマホで激写したのち手を合わせる。
茶倉はズボンのポケットに指をひっかけ、不遜極まりない態度で夫婦の石仏を見下ろしていた。拝む気は毛頭ないらしい。長年拝み屋稼業してるわりに信仰心はかけらも持ち合わせちゃないのだ。序でなんでコイツの分も拝んでおく。
「太く長くご立派な逸物を持った体の相性ばっちりのセフレに出会えますように、いでっ!?」
仕上げに柏手を打てば尻に衝撃が炸裂した。茶倉に蹴られたのだ、足癖が悪い関西人め。
「下ネタやめィ」
「性の神に良縁頼んで悪いか」
「出会いを願うなら恋人にせえ」
「一期一会の|逸物《イチモツ》を追い求める主義なの。ワンナイトラブ万歳」
「韻踏むな。ケツ掘られるのが好きなだけでゲイちゃうんちゃうかお前」
「生チンポでしか得られない栄養があるんだからゲイになるっきゃねーじゃん」
「カルシウムとかたんぱく質とかな。で、男がおらな一日もたんお前が枯れたジジイしかおらん長野くんだりにおる事セフレは知っとるん?」
「やなヤツ」
適当にごまかしたが、決まった相手を作らねえのには霊姦体質が関係している。
俺を治療できるのが茶倉だけである以上、最低週一の頻度でエッチしなきゃいけねえのだが、恋人になんて説明する?これは除霊で浮気じゃねえと申し開きし、わかってもらえる自信がない。場合によっちゃ悪霊に犯されてる事実まで話さなきゃいけない。どう転んでもドン引きされる。
道祖神に軽くお辞儀して村に入る。田畑を耕す人々が物珍しげな一瞥をよこす。やっぱり年寄りが多い。反対に若い子は殆ど見かけねえ。
「ひみずのむらはひをみずに ひみずのやまはひをみずに きゅうのいずみにわきいずる きゅうせんさまがわきいずる……」
聞き覚えある単語に注意を向ける。道から引っ込んだ農家の縁側に高齢の老婆が座り、むにゃむにゃわらべ唄を口ずさんでいた。
「聞いたか茶倉」
「何を」
「あのばあさんが」
スーツの背中を引っ張って教えるも、茶倉が怪訝そうに振り向いた時には既にうたたねしていた。
「あのばあさんがどないしたん」
「いや、なんでもねえ」
寝入りばなを叩き起こして問い詰める事でもねえ。後ろ髪をひかれながら、茣蓙の上に大根を空干しし、軒先に玉ねぎを吊るした家の前を通り過ぎる。
注目されてるのが落ち着かず、茶倉を盾にしてたら向こうから自転車がやってきた。
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