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第7話

跨ってるのは三十代半ばの駐在さんだ。太眉ぎょろ目に割れた顎、こわもて寄りのストイックな顔立ちが結構タイプ。 よそ者二人組を見咎めた駐在が自転車のスピードを落とし、挨拶する。 「こんにちは」 「こんちは」 「外の人ですね。日水村にはどんな用向きで?」 初っ端職質?じろじろ見ながら探りを入れてくる駐在の顔には、尖った警戒心が浮かんでいた。茶倉は涼しげな笑顔で応じる。 「仕事の関係で佐沼さんに呼ばれたんです」 「佐沼さんのお客様ですか。失礼しました、例の土砂崩れの件でオカルト雑誌の記者が嗅ぎ回っていたもので」 どうやらマスコミ関係者と誤解されたらしい。制帽の鍔を引き下げ詫びる。今度は茶倉が先攻。 「台風の日に起きた日水山の土砂崩れですね、ニュースで見ました。オカルト雑誌に注目されているのは初耳です。一部じゃ尚人さんが亡くなられたのは祟りじゃないかと噂されているそうですが」 「失言です。忘れてください」 ガードが固い駐在に対し、営業用の笑顔をキープしたまま茶倉が舌打ちしたのが聞こえた。腐れ縁の俺にしかわからない心の舌打ち。 「日水村は良い所ですよ。自然がいっぱいで空気と水がおいしい」 「名物はなんですか」 長野が誇る名物、信州そばやジンギスカンや美味だれ焼きやおしぼりうどんを思い浮かべうきうき質問。新幹線のグリーン車で食べた山賊焼き弁当もうまかった。食いしん坊万歳。 「え……」 地雷を踏んでしまったのか、自転車のハンドルを握ったままたっぷり十秒間フリーズ。 「……地元でとれた新鮮な野菜を使ったぬか漬け、かな」 「ぬか漬けかー。ありがとうございます」 少しテンションが下がる。いや全然好きだけどねぬか漬け、白飯進むし。駐在が素朴な笑顔を浮かべる。 「申し遅れました、俺は沖田といいます。見ての通り日水村の駐在をしています。何か困った事があったら気軽に言ってください、善処します」 「お気遣い痛み入ります。その時は遠慮なく」 茶倉が礼儀正しく頭を下げる。沖田も会釈をし笑って去っていく。遠ざかる背中を見送り、再び歩き出す。 「なんもない村」 「ぬか漬けが名物だって言ってたじゃん。清美さんちででるかな」 「名物聞かれた時に地元でとれた新鮮な野菜を使ったぬか漬けや浅漬け挙げるんは『なんもない』の裏返し」 「田舎嫌いのくせに田舎あるあるに詳しすぎ」 「嫌いな事やものほど詳しくなるんが|業深《ごうふか》で難儀な人間のさが」 「駐在はいい人っぽい」 「好みなだけやろ」 バレてら。 他愛ない雑談をしながら歩き続けること十分、山際に鎮座する立派な屋敷が見えてきた。数寄屋門の横には「佐沼」と表札が掲げられている。茶倉がインターホンを押す。 「どなたでしょうか」 「茶倉スピリチュアルサービス代表の茶倉練です。先日佐沼清美さんにご相談をうけて参りました」 「少々お待ちください」 張りのある声が響く。家政婦だろうか?俺の疑問はすぐ氷解した。 母屋の引き戸が開き、喪服姿の清美さんがしずしず登場する。 「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。お電話くだされば迎えに上がりましたのに」 「バス停からすぐですし、お手間をとらせたらかえったら申し訳ありません。村の様子も見物したかったですし」 「なら良いのですが。早速母屋にご案内します」 清美さんの背中に従い、飛び石を伝い母屋に入る。家の中は昼でも薄暗く、古い木の匂いが漂っていた。飴色に磨き込まれた床板や柱に歴史を感じる。 「なにぶん広い家なもので、手入れが行き届かずお恥ずかしいです」 「ご謙遜を。大事に使われてるじゃないですか」 土間で脱いだ靴を揃える際、恰幅の良いエプロン姿の女性が現れて先をこされた。 「あ、ども」 「ありがとうございます」 「うちの家政婦の藤代小百合さんです。私が嫁ぐ前から義父のお世話をしてくださってました」 「村の方なんですか?」 「はい。ここからそうはなれてない場所に母と二人で住んでいます」 答えた藤代さんは七十代に見える。そのお母さんということは、結構な年に違いない。 「毎日通われてるんですか?」 「以前は。私が来てからは週四ですね。最近は養父の経過が思わしくないので日参してもらってるんですが」 「苦労かけて悪いわね」と清美さんが労えば、「文彦さんにはお世話になりましたから、恩返しできれば幸いです」と謙虚な物腰で返す。表札には出てないが、現在の当主を兼ねる義父は文彦というらしい。 黙ってやりとりを眺めている俺たちに向き直り、藤代さんがはにかむ。 「私は早くに父を亡くしまして、文彦さん……佐沼のご当主に色々と援助してもらったんです」 「人徳がおありなんですね」 「厳しい方なので怖がられていましたけど、真っ直ぐなご気性を慕うひとも多かったです」 藤代さんの瞳が遠くを見る。昔を懐かしむ表情には文彦氏への敬愛の念が滲んでいた。 それから、こっそり付け足す。 「ただ……奥様に先立たれたのもあり、遅くできた一人息子の尚人さんにはどうしても甘くなりがちでしたね」 「藤代さん」 「すいません」 小声で窘める清美さんに申し訳なさそうに俯き、「お茶を淹れてきますね」と廊下を戻って行く。旧家にも色々事情があるみたいだ。茶倉がひとりごちる。 「横溝正史の世界やな」 「殺人事件おきんのか」 「もうおきてるかも」 薄い唇が皮肉っぽい弧を描く。清美さんが床板を踏み締め、俺たちを奥に導く。 「滞在予定は?」 「ニ・三日を予定しています。早く片付くならそれにこした事はありません」 「一週間でも二週間でもゆっくりしてってください。部屋はたくさん余ってますし、自由に使ってくださってかまいません」 「すいません。ほかに泊まる所があればお気を遣わせずにすむんですが」 「生憎民宿の類もございませんので。何もない村でびっくりしたでしょ」 砕けた口調に切り替え、冗談ぽい流し目をよこす清美さんに肩を竦める茶倉。 「否定はしません」 「初めて来た方は皆さんそうおっしゃいます。けれど長所もたくさんあるんですよ、自然がいっぱいで空気と水がおいしい」 「さっき同じセリフを聞きました」 「誰に?」 「駐在の沖田さんに」 一瞬、歩みが遅れる。振り返った清美さんの顔は若やいでいた。 「沖田さんなら存じ上げています。親切な良い方ですよね。うちの事も色々心配して、よく立ち寄ってくださるんですよ」 心配してんのは『うち』じゃなくて清美さんの事じゃないだろうか。この手の勘はよくあたる。

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