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第14話
『俺の子孕んだ気分はどや、理一』
「!!ッ、」
布団をはねのける。
「あの野郎……」
生娘みてえに浴衣の襟をかきあわせ、俯く。
昨日は無茶苦茶された。殆ど強姦だ。手首には紐で縛り上げられた痣がくっきり残ってる。
「ふ……っ」
痛かった。怖かった。恥ずかしかった。
かすむ目を手の甲でこすり、引き上げた布団の内側で体育座りする。
俺達の関係や「除霊」の建前でやってる行為がアブノーマルな自覚はある。
世間様にゃとても公表できねえし、ばれたら人生詰む。
それは茶倉も同じ、いや、メディアにバリバリ露出してるアイツの方がよっぽどダメージ深刻なはず。
なのにあんな
『一蓮托生やな。どうせ腐れ縁なら極楽地獄どっちにも付き合うたってくれや』
あんな茶倉、俺は知らねえ。
十年来のダチにどうしてあんな無体が働けんのか、理解できねえししたくもねえ。
茶倉にとっちゃ所詮、その程度の存在なのか?好きな時に抱き潰してポイできる、ストレス解消のオモチャみてえなもんか。
「畜生」
体が軽くなってるのがまた憎らしい。不本意なセックスでも瘴気はしっかり浄化されたみてえだ。その証拠に右手の数珠も……って、日水山で弾け飛んだよな?
ぶっ倒れた後、新しいのと取り換えてくれたんだろうか。
俺が気絶したあと体を拭いて、浴衣を着せて、布団に運んで寝かせて、仕上げに数珠を嵌めてくれたのか?
「ンだよ……何がしてえんだよ」
中途半端に優しくするせいで、有難がりゃいいのか恨めばいいのかわかんねえ。
やっぱり茶倉は変だ。日水村に来てから、否、正確には清美さんの口から「おきゅうさま」の名前が出てから余裕を失くしている。
ひょっとして、おきゅうさまを知ってんのか?日水村の秘密に一枚噛んでんのか。
待てよ、何か重大な事を見落としてるような……記憶の襞をまさぐり、十年前に聞いた言葉を思い出す。
『私も聞いたことある、茶倉くんのおばあちゃんて結構有名な拝み屋?なんだって。でね、家に変な神様祀ってんの。名前はたしかきゅー……キューピー?』
キューピーマヨネーズを祀って拝んでるなんて変な家系だなと当時はあきれたもんだが、アレこそおきゅうさまじゃねえか?
「待てよ、どういうこった?なんで茶倉んちで拝んでる神様が日水村にいるんだ、分裂したのか。そういうのってアリだっけ。いやでも娘の嫁ぎ先で増える管狐や狗神もいるし、ありえねー話じゃねえのかな。それか茶倉んちから逃げ出して、日水山に居着いたとか」
俺も詳しくねえが、四国で有名な管狐や狗神は娘の嫁ぎ先で繁殖し、富をもたらすと信じられたらしい。
日水村のおきゅうさまと茶倉んちで祀られてた神様が同じもんなら、回収にきたのだろうか?
待て待てだったらそういえばいい、黙ってる意味がわかんねえ。もっとややこしい話なのか?俺にも打ち明けられねえ深刻な事情が背後に横たわってる?
ここ最近の刺々しい言動が、「おきゅうさま」に関係してんなら……。
「アイツんち、闇深そうだもんな。本人が話したがらねえから未だに知らねえ事だらけだし」
いや、そうじゃねえ。茶倉のせいにすんのはずるい、話してくんねえならもっと突っ込んで聞けばよかったのだ。
うざがられんのを承知で、突っぱねられんのも覚悟の上で、茶倉練の懐に踏み込んできゃよかった。
後悔先に立たずを痛感、数珠を転がし物思いに耽る。除霊中、ミミズもどきが体内を這ってる気がしたのは幻覚?悪趣味な術にハメられたのか、妖術とか催眠術とか……。
ぐーぎゅるる、間抜けな音が鳴った。俺の腹の音だ。
「……昨日から食ってねえもんな」
夕飯も抜きだったし、腹が減るはずだ。腹を押さえた拍子に、思いがけないものが目にとまる。
襖の手前にお盆に乗った食事が置かれていた。きゅうりと大根の糠漬けにかぶの味噌汁、白いご飯に鮎の塩焼き。藤代さんが持ってきてくれたんだろうか?爆睡してたから、起こさず行っちまったのかもしれない。
「いただきます」
誰も見てねえが一応断り、箸をとる。
夢中で飯をかっこみズズッと味噌汁を啜りゃ漸く人心地が付いた。日水村名物というだけあって、糠漬けはよく味がしみておいしい。箸で摘まんでぱりぽり咀嚼する。
気分が落ち込んでる時は腹にものを入れろ。うだうだ考えんのはそれからだ。京都で道場やってる祖父ちゃんの教えを守り、米粒一粒残さずたいらげる。
「ごちそうさんでした」
きちんと手を合わせて感謝を述べ、食器を片す。盆は外に出しときゃいいか……いや、そこまで甘えらんねえ。襖を開いたのち、テーブル上に放置された走り書きのメモに気付いた。
なんだろうと取り上げ、右上がりの神経質な字に絶句。
『帰れ』
「あンのド腐れ上司、初っ端詫び入れたってバチあたんねーぞ」
紛れもない、茶倉直筆のメッセージ。「ごめんなさい」を期待してたわけじゃねーが、コイツはあんまりだ。
怒髪天を衝いてメモを握り潰し、屑籠に叩き込む。
「てめえの気持ちはよーっくわかった、俺は徹頭徹尾目障りで足手まといなお荷物なんだな、たっけえグリーン車のっけて日水村連れてきた後悔してんだな!?じゃあ口で言えよ体に思い知らせてやるってか強姦魔め、ぺらいメモ一枚で追い返そうとしてんじゃねーぞ!」
あったまきた。絶対帰っか。屑籠を指さし啖呵を切り、憤懣やるかたなく襖を開ける。
今のメモで心が決まった。
「ぜってえ鼻をあかす」
じっちゃんの名に賭けて茶倉練の秘密を暴いてやる。なんならアイツの先越して、今回の事件を解決してやろうじゃねえの。
哀しいかな、俺は一方的に悪霊に犯されまくりの霊姦体質だ。この体質のせいで長いこと難儀してきたが、霊を祓ったり倒すのは無理でも、簡単な会話位ならできる。せっかく開眼した能力、捜査に生かさずどうすんだ。
「って、台所こっちだっけ。右?左?」
すっかり名探偵になりきって気勢を上げてたら迷子になっちまった、恥ずかしい。
お盆を持ってきょろきょろしてたら、今しも角を曲がり藤代さんが歩いてきた。ナイスタイミング。
「藤代さん、おはようございます」
「あら烏丸さん、おはようございます。綺麗にお召し上がりになりましたね」
「いえ、とてもおいしかったです。特に糠漬けが。日水村名物っていうだけありますね、歯ごたえシャキシャキして癖になります」
「ふふ、お世辞が上手ねえ」
「てかわざわざ持ってきてもらってすいません」
「ああいえ、私じゃないから」
「え?」
「茶倉さんにお願いしたの。自分が持ってくっておっしゃるから」
アイツが?
「どうしたんです、変な顔して」
「いえ……とにかくごちそうさまでした」
「お世話様です。お盆は引き取りますね、この後台所に帰るので」
「よかった、迷ってたんです」
お盆を持ち、廊下を去って行こうとする藤代さんを制す。
「昨日お母さんに会ってきました」
「きちんとお話できました?認知症が進行してるので、ご迷惑おかけしてないか不安だったんですか」
「とんでもない、面白い話を聞かせてもらいました。日水村の昔話みてえな……変わったわらべ唄も。おきゅうさまが出てきました」
話の内容や歌詞を掻い摘んで説明した所、呆れた色が過ぎる。
「九の泉がどうとかってあれですか、懐かしい。私も子供の頃聞かされたわ、すっかり忘れてました。そのほうがよかったかも、残酷で気味悪い話だし……」
「無理ないですよ、女性や子供にはショッキングな内容だし。大の男の俺もキツかったです」
申し訳なさそうに言い淀む口調から、故意に記憶を封じていた可能性もある。昨日教えてもらえなかった不義理を責められまい。
「やなこと思い出させてすいません。日水村のルーツが織り込まれてるんですね」
「日水村は水捌けの悪い盆地ですから、数百年前までたくさん泉が点在していたそうですよ。それであんな話ができたんじゃないでしょうか、昔の人は想像力豊かだこと」
「藤代さんはその、信じてないんですか?村の人たちが生贄を捧げてたとか、おきゅうさまが食ってたとか……」
「いくら辺鄙な集落だって、人食いの化け物が実在したはずありません」
「土地神のおきゅうさまは信じてるのに」
「それとこれとは別です。よそから来た方には都合よく聞こえるでしょうけど、信仰心は世襲制ですから……閉じた村の伝統みたいなものですよ」
なるほど、言わんとすることは漠然と理解できた。
藤代さんもきっと、おきゅうさまの実在を信じてるわけじゃない。そういうものとして教えられたから、そういうものとして受け入れているだけ。
親から子へ、子から孫へ。先祖から子孫へ何世代も受け継がれてきた刷り込み。
「母自身も忌まわしく思ってたんでしょうね、めったに口にしませんでした。お客様に、それも外からいらした烏丸さんたちに話したのは意外だわ。感じるものがあったのかしら」
「他の方も例の話は避けてるんですか」
「一応めでたしめでたしで結ぶとはいえ、経過が凄惨すぎますし……小さい子に聞かせたい話じゃないでしょ」
正論。世が世ならR18G指定だ。
めげずに食い下がる。
「話ん中じゃ旅の和尚が九番目の泉に追い込んで封じてましたけど、まだ日水山にあるんでしょうか」
「さあ、聞いたことありません。大昔に枯れてしまったんじゃないでしょうか」
「泉の跡地に社を建てたとか?」
自信満々推理を述べる俺に対し、藤代さんが困り顔で会釈をよこす。
「文彦さんの朝食の支度をしなければいけないのでもういいでしょうか」
「あっ、気が付かなくてすいません!」
慌てて横にどいて道を空ける。藤代さんが両手にお盆を掲げ、わらべ歌を口ずさみながら離れてく。
「きゅうのいずみのそこふかく じぬしのじごくがそこにある きゅうのいずみのそこふかく ちみもうりょうがわきいずる……」
今の会話で幼い頃の記憶が呼び覚まされたのだろうか。「じむし」が「じぬし」に訛って聞こえるのもご愛敬だ。
その後洗面所で顔を洗い着替えをすませ、清美さんに挨拶に行く。出る前に茶倉の部屋を覗いたら不在だった。
「日水山に行ったのか?」
あんだけ止めたのに……舌打ちして靴を履き、玄関から飛び出す。
「うわっ!」
「どわっ!」
「って、なんだ変態じゃないか」
「随分な挨拶っすね駐在さん。烏丸理一です、覚えてください」
沖田駐在が掃き掃除をしていた。門前にまかれた生ゴミを一人で集めてたらしい。
「駐在の仕事?」
「に見えるか」
「人んちの掃除が趣味なんですか」
駐在がむすっとする。耳たぶがほんの少し赤らんでいた。ほっこりする。
「佐沼家にまかれたゴミを、清美さんが気付く前に片してたんですね」
「うるさい」
「毎朝ご苦労様です」
茶倉は酷い暴言を浴びせたが、この人が役に立たないなんてことはない。
ましてや村人のいやがらせに加担してるなんて。
「沖田さんの思いやり、きっと通じてますよ。これからも清美さんたちの味方でいてあげてください」
出過ぎた真似かもと躊躇したが、頭を下げる。「味方」を強調したのは人の心がわからねえ茶倉への意趣返し。
俺にとって、この村は居心地が悪い。早く東京に帰りたいのが本音だ。同時に清美さんたちを助け、一連の騒動を解決したい気持ちも確かにあるから悩ましい。
なんて言ったら、「ホンマどうしようもないお人好しやな」と腐されるだろうか。
「ツレならもうでたぞ」
「茶倉が?」
「三十分位前にな」
「行き先は聞いてませんか」
「役場に行くとか言ってたが……」
「役場?なんでそんな」
「調べたい事があるんだそうだ」
「って事はバスに乗ったのか。帰りは夕方かな」
日水村を統括する役場は峠道の先だ。顔をあわせずすんだ安堵と落胆が綯い交ぜになり、溜息を吐く。
「助手のくせにおいてかれたのか、情けない」
「ちょっと喧嘩しちまって」
ちょっと所じゃねえ。気を取り直し質問する。
「沖田さんは日水村に来て三年、ですよね」
「ああ」
「見た感じ村の人と仲いいし、すっごく頼りにされてますよね」
「俺はガタイに恵まれてるし、大工仕事も手伝えるからな」
「なるほど、DIYがじいちゃんばあちゃんと仲良くなるコツか。たとえばどんな?」
「たいしたことじゃない。台風の時に窓を塞いだり雨漏りを直したり、そうだ、無料販売所の掘っ立て小屋の修理も頼まれてたっけ」
「あそこか。大変ですね」
「同情するなら代わってくれ」
「話変わりますけど、あなたも土砂崩れの現場にいたんですよね」
「……ああ」
「何か気付いたことは」
「幽霊を見たかって?」
「どんなささいなことでもかまいません。ぶっちゃけおきゅうさまの祟りとか幽霊とか二の次です、俺……たちの仕事は依頼人を安心させること。清美さんが旦那さんの最期に整理を付けられる、手がかりがほしいだけなんです」
駐在は幽霊や祟りに懐疑的らしい。攻めるならこっち方面だ。実直そうな表情で交渉すれば、太い息を吐いて話し始める。
「……たまたま居合わせただけだ。あの日は村を台風が直撃して、住民の大半が公会堂に避難してた」
「清美さんも?」
「いや。文彦さんと屋敷でふたりきり、旦那の帰りを待っていた。藤代さんも休んでたから心配で様子を見に行ったんだ」
「藤代さんは家にいらしたんですか」
なにげなく質問した所、眉間に川の字が刻まれた。
「お袋さんは公会堂にいたが、彼女はいなかったな。台風の対策をしてたんじゃないか」
「お母さんだけ公会堂に預けて帰っちゃったんですか。ご自身も結構なお年なのに」
「日水村じゃ七十代は若い方だ」
女所帯の苦労にしんみりした矢先、意外な事実が告げられた。
「言われて思い出した事がある。気のせいかもしれないが」
「前置きはとばしてください」
「俺が最初に社を発見したんだ。崖下に落ちて、土砂に埋もれた残骸を。ところがその、嵩が増えてたんだ。前に見た時と比べて」
慎重に言葉を選んで続ける。
「俺が山に入った時見た社と、残骸の木材の量が合わない。社ってほら、大概こぢんまりした小屋だろ?外観も奥行きありそうには見えなかったし、そんなに建材が使われてるはずないんだが……」
社の外観を想像してみる。屋根に壁、それに引き戸に縁側。用いられる木材は多くない、はずだ。
「中になにかあったとか」
「何ってなんだ」
「祭壇とか……」
「かもな」
結論、謎が深まっただけ。掃き掃除を終えた駐在と別れ、足早に歩く。
とりあえず、茶倉がいねえあいだにできることをする。早起きが多いのか、村のお年寄りは既に畑にでていた。
「すいません、お聞きしたいことが」
「またきたのかよそ者が!」
「恥を知れ!」
「ちょ、待っぶほっマジで塩まいた!?」
昨日のやらかしのせいで警戒されちまった、他をあたるっきゃない。駐在に聞いた話を思い出し、普段は村人の寄合所になってるらしい公会堂に足を運ぶ。
公会堂は村の中心にあった。鉄筋コンクリート製の殺風景な建物だ。建物前の広場には角材を詰んだベンチがあり、至る所に男たちが腰掛け談笑している。資材置き場かここ?
「ゴンの奴まーた脱走したんかい、桑原さんも災難だな」
「お山に住んでるメスのケツでも追っかけてったんじゃねえか」
「いい加減放し飼いに懲りて縄に繋いだらいいのに、学習しねえ爺さんだよ」
「あのーすいません、少々お話聞かせていただけませんか」
煙草を喫っていた男が振り向く。うろんな目に腰が引けた。
「誰だあんた。外の人かい」
「東京から来た烏丸理一といいます。ご存じでしょうか、茶倉スピリチュアルサービスの……佐沼清美さんの依頼で、佐沼尚人さんの事故の詳細を調べてるんです。もし当日の事を知ってる方がいたら」
「佐沼の嫁が連れてきたインチキ霊能者のフンか」
一斉に不機嫌になる。
「村中嗅ぎ回ってるみてえじゃねえか」
「菊池のじいさんの畑を荒らしたとか」
「風評被害です」
身に覚えのない濡れ衣を否定したのち、茶倉ならあの後塩をまきに行きかねないと考え直す。
ごま塩頭の男が鼻白む。
「俺たち青年団に聞いても無駄だ、何も知らねえよ」
「失礼ながら中年団の間違いでは」
「んだとこら」
本当に失礼だった。自分の口と尻の軽さを呪うものの、平均年齢が五十代なのは間違いない。
「誤解しないでください、俺はただ話を聞きたいだけ」
「一昨日きやがれ若造」
「東京に帰れ青二才」
言わせておけばとカッとなる。
「あんた達こそ、ケツの穴のちっちぇえ嫌がらせしてるみてえじゃんか。表札に落書きしたりゴミばらまいたり、旦那を亡くして間もない奥さんよってたかって追い詰めて、それでも村の治安を守る青年団かよ!」
「ぐっ!」
よそ者に面と向かって説教され、中年団もとい青年団の面々が言葉に詰まる。
もういいさ言ってやる、こっちだって鬱憤たまってんだ。
仁王立ちで踏み構え、ごま塩頭のリーダーを睨み据える。
「好きで日水村にいると思ってんのかよ、仕事だから仕方なくだよ、昨日今日で村の連中の性根はよーっくわかった、よそ者嫌いで嫌がらせしてまんまと逃げ帰りゃめでたしめでたしってか、おきゅうさまの祟りも尚人さんの事故も臭いものにふたで早いとこ忘れ去ろうって魂胆かよ、そうは問屋がおろさねえぞ、お前らがとっととふたして忘れようとしてる底で泣いてる人がいるんだ、現在進行形で困ってる依頼人がいるんだよ、なのにあっさりリタイアできっかばーか!」
清美さんは他でもない俺たちに、TSSに助けを求めてきた。ここで気張んなきゃ男がすたる。
「未亡人いじめに大忙しの中年青年団よか、行く先々で塩まかれるTSSの仕事のがよっぽど胸張れるね」
言いたいだけ言ってすっきりした俺に対し、青年団一同が腰を浮かす。
「キャンキャン!」
突如として上がった犬の吠え声に、反射的に体が動く。
「待て!」
「追え!」
怒り狂った青年団を引き連れ村道をひた走り、辿り着いた先には川が流れていた。白いしぶきを上げる早瀬を流されていくのは、昨日見た雑種犬。
橋の上で叫んでるのは飼い主の桑原さんか。
「だれかー助けとくれーゴンの川流れじゃー!」
「犬なのに犬かきできねーのかよ!?」
後ろで立ち往生する青年団を無視して決断、服を着たまま飛び込む。
これでも水泳は得意だ。激しい流れをかきわけ、足で勢いよく水を蹴り、間一髪ゴンを抱きかかえる。
「げほげほっ!」
川面に顔を出してありったけ空気を吸い込み、岩をとっかかりにして岸に戻る。結構流されちまった。青年団の連中は見当たらない。
「大丈夫か?」
「ワン!」
「よかった」
全身ぶるぶるして水滴をとばすゴンをひとなで、あたりを見回す。近くに見えるのは佐沼邸の塀。川岸のすぐそばまで赤茶の土砂が積もっていた。
「尚人さんが死んだ場所……あ、おい」
ゴンがしっぽを振り、まっしぐらに駆けていく。慌てて追いかけてみりゃ、前脚でさかんに土砂を掘っていた。
「お宝が埋まってんの?運動靴の片割れ?」
好奇心をそそられ覗き込む。ゴンが激しく吠えて急き立てる。ほどなく出土したのは泥にまみれた南京錠。
「どうしてこんなもんが」
裾で拭いて日の光にかざす。まだ比較的新しい。ゴンはちぎれんばかりにしっぽを振り、円らな目で見上げてくる。
「お礼ってこと?サンキュ」
よくできた犬の頭をたっぷりなでなでし、ポケットに突っ込んだ。
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