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第15話

「すまんね」 「いえいえお安いご用っす、ガキの頃はご近所の犬小屋直してお駄賃もらってたんで」 「年のせいか大工仕事が腰に来てのゥ、長いことしゃがんでるのはしんどくてかなわん」 「ホント気にしねえでください」 野良仕事を中断し、わざわざ様子を見に来た老夫婦に朗らかな笑顔を返す。 現在修理してるのは野菜の無人販売所。台風で掘っ立て小屋が壊れちまい、木材の残骸が放置されてたのだ。 駐在の仕事を代行してんのは恩を売る魂胆……じゃねえ、単に暇だから。もともとDIYは好きだし、爺ちゃん婆ちゃんに喜んでもらえんのは嬉しい。 口に咥えた釘を板にあてがい、片手に持ったトンカチをリズミカルに叩き付ける。 「ふー」 うまい空気を目一杯吸い込んで伸びをする。 「お疲れ様。食いな」 「いいんですか?」 「販売所を直してもらったお礼。うちで採れたトマトはおいしいよ」 「いただきます」 大口開けかぶり付く。実の詰まった果肉が弾け、甘い汁が喉を潤す。 「んッめー、超熟!」 「気持ちいい食いっぷりだねえ」 「いまどきトマト一個でここまで喜ぶ人も珍しい」 お世辞でもなんでもねえ率直な感想を叫び、夢中でトマトをたいらげる俺を、老夫婦がにこにこ見てる。 村人たちの態度が軟化したきっかけはゴンの川流れ。 数時間前、桑原さんの飼い犬のゴンが川に嵌まった。それを助けた事で村人たちの見る目が変わったのだ。 「無事かゴン!」 「ワンワン!」 跪いた桑原さんの腕の中に、ゴンがしっぽを振って飛び込んでいく。 桑原さんは泣き笑いで愛犬を抱き締め、わしゃわしゃなで回す。 「全く、目を離せばすぐ抜け出しよって。挙句に川流れとは情けない、河童に笑われるぞ。たまには花咲か爺さんの忠犬にならって小判でも掘り当ててみィ」 「キャウン……」 「まーまー助かったんだから怒らないであげてください。川ん中に宝物でも見付けたんすよきっと、ビールの王冠とか光る石とか……ラムネのビー玉かも」 「あんたはコイツの恩人です、うちのゴンを助けてくれて本当にありがとうございました」 「いや全然、たまたま通りかかっただけなんで」 犬と飼い主が同時に頭を下げる。手厚く感謝を述べられ面映ゆい。 ずぶ濡れで岸に上がった俺を迎えた青年団は、一様に決まり悪げな顔をしていた。 「すまなかった」 ごま塩リーダーが代表で頭を下げる。 俯いた顔には自虐の笑み。 「俺たちでさえ足が竦んじまったのに、赤の他人の犬を助けるために体張るなんてすげえよ。見上げた度胸だ」 「あの川は流れが早くて、大人も溺れる難所って言われてんだ」 「みんなびびって動けなかったのに」 「見直したぜ」 「気骨がある」 「野郎どもが雁首そろえて情けねえ」 ごま塩頭に続けとばかり、苦み走った親父たちが頭を下げる。てか大人も溺れる難所ってのは初耳ですが。 「顔上げてください。謝んなきゃいけねえのは俺の方です、さっきはすいませんでした」 「え?」 「あんた達の中に犯人がいるって現場を見もせず決め付けて、失礼なこと言いました」 佐沼家がいやがらせをうけてんのは事実だが、青年団に犯人がいると決まったわけじゃねえ。濡れ衣着せられたら誰だってキレる。 「でも、これだけは言わせてください」 佐沼家に厄介になってる身として、立場をハッキリさせときたい。 シャツの裾を雑巾絞りし、濡れ髪がしんなりたれた眼差しで宣言する。 「依頼人が泣くようなことがありゃ、とことん受けて立ちますよ」 先手必勝面打ち。 秘技・謝罪返しに青年団があっけにとられる。次の瞬間、張り詰めた空気が和んだ。 「律儀な奴だな」 ごま塩頭が柔らかく苦笑し、俺の背中を乱暴に叩く。些か荒っぽい親愛表現。他の面々も笑っていた。 「佐沼家を煙たがってんのは否定しねえ、連中は禁忌を犯した。でもまあ、俺たちもちと大人げなかったな」 「考えてみりゃボケた爺さんと若い後家さん、二人ぽっちになっちまったんだもんな。弱いものいじめはだせえ」 「村八分とか時代遅れも甚だしい」 「よそもんに啖呵切られて、テメェのケツの穴のちっちゃさに気付かされたわ」 「やっぱアレだな、外から見なきゃわかんねー事ってあらァな」 「内輪の馴れ合いでたるんだ根性叩き直してくれてあんがとな、兄ちゃん。いい泳ぎっぷりだったぜ」 「着替え持ってるか?俺のシャツ貸すぜ」 俺に注がれる眼差しには照れ臭げな感謝の色。 この人たちも根っから悪人じゃない。 悪弊に雁字搦めにされ、視野が狭くなってただけなのだ。 「じゃ、痛み分けで」 さりげなく片手をさしだす。ごま塩頭のリーダーが豪快に破顔し、痛いほど手を握ってきた。 和解成立。 ゴンの救助に下心はねえ。あの時はただただ必死だった、ゴンの川流れを目の当たりにして勝手に体が動いたのだ。 とはいえあの一件がもとで青年団に認められ、さらには遠巻きに見物していた村人たちにまで受け入れられたのだから、棚ぼたラッキーというほかない 「できました。こんな感じでどっすか」 「上出来じゃ」 「前より立派じゃね」 「台は補強済みっす。ふたが取れかかってたんで、お金の投入箱も序でに直しときました」 「気が利くな」 工具箱を爺さんに返却し、修理に二時間かけた小屋を見直す。俺の腕がいいのか、心なし光り輝いてる。TSSクビんなったら鳶に転職しよっかな、なんて。 寒い自画自賛はそこそこに、老夫婦と別れた足で駄菓子屋に立ち寄る。 「いらっしゃい」 「ラムネ二本ください」 帳場にちょこんと座す割烹着の老婆に会釈、冷蔵ケースから瓶ラムネを二本とる。子供がいないせいか、閑古鳥が鳴いてんのがちょっと切ない。 「ありがとうございました」 会計を済ませて外に出ると、夏の日盛りの太陽が容赦なく照り付けてきた。水色のラムネ瓶がうっすら汗ばむ。 うるさい位に降り注ぐ油蝉の声を聞きながら、次に向かったのは駐在の詰め所。 「ちっす。ここクーラー付いてるんすね、生き返るー」 「何の用だ」 「差し入れ。炭酸イケますよね」 ステンレスの机に向かい、日誌を付けていた駐在にラムネを片方渡す。 「……どうも」 渋い顔をするも、文句は言わずに受け取ってくれた。好感度が上昇した手ごたえにほくそえむ。 駐在所の入口にもたれ、ラムネのキャップを回して外す。 「掘っ立て小屋直しときましたよ」 「暇だな」 「感謝してくださいよ、結構大変だったんすよ」 「勝手にやったんだろ、ボランティアご苦労様」 「塩対応っすね」 「見てたぞ、さっきの」 キャップを捻り一口嚥下、駐在が呟く。 「見物人にまざってたんすか?気付かなかった」 「よそ者に見せ場をもってかれちゃ、はりぼて青年団や駐在は立瀬ないな」 「平均年齢は中年の青年団?」 「アレでも村じゃ若い方だ」 「またそれ」 背凭れに深く掛け、椅子ごとこっちに向き直る。 「上手く丸め込んだな。見事な手並みだ」 「爺ちゃん婆ちゃんうけはいいんすよ、昔っから」 「わかる気がする。女にはモテないだろ」 「当たってっけど」 ゲイが女にモテたって嬉しくねえと抗弁したくなるのをぐっと我慢。 「ある種の人たらしの才能か」 「本物のたらしは茶倉だよ、女が途切れた事ねえし。あ」 「タメ口でかまわないぞ」 しばらく世間話に興じる。駐在所は狭いが、クーラーが利いてて居心地いい。久しぶりに飲むラムネの爽やかな風味が喉を通り、炭酸が弾ける。 「高校の同級生なのか」 「かれこれ十年来の腐れ縁。ちょっと訳ありで仕事が長続きしないもんで、TSSに雇ってもらってるんだ」 「ワンマンの助手は苦労が多いだろうな。ストレス発散で木にさかりたくもなるか」 「誤解だって。沖田さんはなんで警察官に?」 「正義の味方に憧れて」 「若いなあ」 「生意気」 駐在が顎をしゃくり、向かいの椅子を勧めてくれた。有難く腰掛け乾杯すりゃ、くびれに閊えたビー玉が転がり、涼しげな音を鳴らす。 西の空はぼちぼち暮れなずんできた。そろそろ茶倉が帰ってくるだろうか。なるべくその事は考えないようにし、どうでもいい話題をふる。 「前から気になってたんだけど、交番と駐在所ってなにが違うの。呼び方?」 「交番は二十四時間勤務で休みなし、何人かが交替で詰める。駐在所は単独勤務でここに居住、開いてるのは午前七時三十分から四時十五分まで」 「夜に事件が起きたらどうすんの。シカト?」 「他に回すしかないな。独自の判断で動くケースもあるが、バレたら懲戒ものだ」 「田舎の駐在所はコンビニと同じで閉まるの早ェんだな。一人ぼっちじゃ不安でしょ」 「有事の際は応援を呼ぶ。日水村で事件なんか起きた試しがないし、らくなもんだよ」 「尚人さんの事故が唯一の例外か」 「ゴンの脱走を除けばな」 勉強になる。ジーパンの重みに気付き、ブツを取り出す。 「さっきゴンがくれたんだ。日水山の近く、土砂崩れの現場に埋まってた」 「南京錠か?どうしてこんな物が」 「わかんねえ。落とし物だから一応届けとこうって」 ゴンの好意をむげにすんのは辛いが、困ってる人がいるかもしれねえ。 「尚人さんの遺留品……って線はねえ?」 俺の発言に真顔で黙り込み、南京錠をひっくり返す。構ってくれない手持ち無沙汰から駐在所内を見回し、壁に立てかけられた朽ち木の板に目をとめる。 「あれは?」 「土砂崩れの現場から回収した社の扁額。捨てるわけにもいかないし、うちで保管してる」 「見ていい?」 「好きにしろ」 南京錠の鑑定にのめりこむ駐在から離れ、扁額の残骸に接近。正面でしゃがんで縁をなぞる。随分劣化していたが、辛うじて最初の一字だけ読めた。 「ノ……」 「九」 即座に振り返る。 茜色の逆光に縁取られた影が、入り口に立ち塞がっていた。 「九泉之社って彫られとるんや」 「茶倉」 不意打ちに心臓が停止。俺と駐在の手元を見比べ、上司が鼻を鳴らす。 「人がひいこら働いとる間にラムネしばいとったんか、ええご身分やな」 恐怖で足が竦む。 昨夜の記憶が一挙に甦り、与えられた痛みと恥辱で全身が燃え上がる。 茶倉が胡乱そうに目を細め、俺の手からラムネ瓶をひったくる。 「懐かし」 高校の頃、駄菓子屋に立ち寄りラムネを回し飲みした。茶倉も同じ事を考えてるかはわからねえ。 ポーカーフェイスで口を付け、残りを飲み干す。無防備に反った喉を透明な雫が一筋伝いゆく。 「ちそうさん。ビー玉とる方法知っとる?」 片頬笑んで手を開く。ラムネの空き瓶が垂直落下、甲高い音たて地面で砕け散る。 散らばったガラス片の中から、澄んだビー玉が転がり出す。 「……」 突拍子もないパフォーマンスに硬直。 茶倉はガラス片を踏み締め立っていた。ビー玉の表面が歪んで映す顔は、悪魔的な微笑を湛えている。 「行くで」 「待てよ」 漸く金縛りがとけた。 ビー玉を拾い歩み去る茶倉を追いかけ、駐在所から転げだす。 振り向きもしねえ背中は、俺が付いてくると信じて疑わない自信の表れか。 夕暮れの坂道に影法師が伸び、エネルギッシュな油蝉とは違い、どこか寂寥としたひぐらしの声が降り注ぐ。 「ンだよさっきの、危ねーじゃんか。駐在所の前散らかして、沖田さんに謝れよ」 本当に言いたいのはそれじゃねえ。 震える拳を握りこみ、かすれた声を張り上げる。 「昨日のっ!」 前を行く茶倉が坂のてっぺんで立ち止まる。 「昨日のアレは?なんであんなことしたのかまだ理由聞いてねえぞ。むしゃくしゃして?ただの八ツ当たり?答えろよ」 ひぐらしの合唱が耳を聾し、物哀しい余韻が夏の宵を深める。幸い周囲に人けはない。 罵倒すら届かない無反応にじれ、核心に踏み込む。 「イライラしてんのはおきゅうさまのせい?」 一歩一歩坂を上っていく。 「お前んちにいるキューなんとかって神様……それが日水村に来た目的?同じもんなのか?聞いてんだろ、いい加減だんまりはよせよ。十年付き合ってんだぜ」 『ホンマの俺なんかどこにおるんや。節穴がたった十年ぽっち見てきた俺が、ホンマの俺やとでもぬかすんか』 「話せよ。言ってくんなきゃわかんねえよ。なんで日水村に来た?ここで何したい?」 突如ビー玉が飛来した。 「帰れゆうたやん」 返事はどこまでもそっけない。ぎりっと唇を噛み、ビー玉を握り締める。 「……バス二本っきゃねえもん」 「ほな明日朝一で」 「助手おいて調査に行くな」 「役に立たん」 「報・連・相。役場で調べたこと教えろ」 ここが正念場だと弁え、夕焼け空を背負った茶倉と対峙する。 「住民票。日水村に子供かおらんか調べとった」 意外な返答に面食らい、素で返す。 「そういうのあっさり教えてもらえるもんなの」 「テクとコネ次第」 「ナンパか」 「さあな」 「結果は?」 「最年少は二十二歳、高校生以下の子供はおらんかった。改竄したのかもわからん」 「根拠は?」 「はなから生贄にしよ思て育てたなら戸籍なんぞ作らん。無戸籍児は行政かて把握できん」 急展開に付いてけない。 「藤代の婆ちゃんの昔話真に受けてんの?女子供をおきゅうさまに捧げたとか」 「根拠はある」 「どこに」 「俺」 無表情に放たれた一言がすさまじい悪寒をよぶ。 俺を見下ろす目は深淵のように昏い。 「日水村に産院はない。代わりにベテランの産婆がおる。助産師が取り上げた赤ん坊を村ぐるみで監禁」 「だから根拠は!」 「いくら過疎化著しい限界集落かて、子供が一人もおらんのは不自然ちゃうか」 「若者は都会に出ちまったんだよ」 「分校は?子どもがおらな作らん」 「少子化で生徒がいなくなっちまって、数年前から閉鎖してるって菊池のばあちゃんが」 茶倉が居丈高に腕を組む。 「運動靴は」 「それは」 「お前の言うとおり、子供がおらんのに子供サイズの運動靴が落ちとるんはけったいな話やな。しかも新品」 「離れて住んでる孫へのプレゼントとか……」 「苦しいで。庇い立てするん?」 「違」 「取り込まれたか。お手上げやな」 今日一日村人たちと交流し親近感が芽生えた。あの人たちが犯罪に関与してるなんて想像したくねえ。 一方で恐ろしい疑惑が膨らんでいく。考えたくもねえが、藤代のばあちゃんのわらべ歌が現実の出来事だったら……。 「ぼちぼち二十四時間営業のコンビニファミレスネカフェが恋しい頃合いやろ」 「何もわかんねーまんまほうりだせっか、こんなモヤモヤした気持ちで東京帰れねーよ!教えろ茶倉、おきゅうさまはお前の実家で拝んでる神様?もとは日水山にいたのか、ここがおきゅうさま誕生の地か」 「仮にそうでも、他人に関係ない」 他人。 俺が? 金槌で頭を殴られた気がした。辛辣な物言いと、眼差しに宿る拒絶の意志に溝が深まる。 「~~~~~ッ、そんなに疑うならゴンに靴嗅がせて持ち主さがしゃいいじゃんか」 「冴えとる。けど残念、靴は泥まみれ。土砂崩れより前に落っこちたんなら、大雨で匂いが流されてもた可能性が高い」 「やってみなきゃわかんねーだろ」 「専門の訓練うけた警察犬かて難儀やねんで、愛嬌しか取り柄のない雑種に期待するだけ無駄……」 「ゴンを馬鹿にすんな!!」 勢い胸ぐらを掴む。 「たった一日で随分仲良ゥなったんやな」 「あの人たちだって根っから悪人ってわけじゃねえ、清美さんへのいやがらせもちゃんと認めて謝った」 「仲良しこよしめでたしめでたし、でんでんでんぐり返しでバイバイバイか。しょうもな、せやからお前の目は節穴なんや。人の悪意も見抜けんお人好しは黙っとれ」 茶倉がまなじりを吊り上げ俺の胸ぐらを掴み返す。 顔と顔が近付き吐息が絡む。 「東京帰れ」 「やだね」 「クビにすんで」 「パワハラかよ」 「犯されたいんか」 脳裏が真っ赤に灼熱、怒りに任せ拳を振り抜く。 刹那、足を払われすっ転ぶ。続けざま手の甲を踏み付けられた。 「ッぐ、」 「除霊は済んだ。数珠も替えた。これ以上何が望みや。俺とお前は雇用主と社員やろ、上司が帰投を命じたんやから素直に聞けて」 「強姦だろ!!」 がむしゃらに体当たり、濛々と砂埃を巻き上げ倒れた茶倉に飛び乗る。 「目障りだから無理矢理したのか、目隠ししてふんじばって腰立たなくなるまでブチ犯したのか!」 「してもろてる立場でやりかたに文句付けんなや、スッキリしたなら別にええやろ」 「真っ暗だったんだぞ、見えなかったんだぞ、お前がいなかったんだぞ!」 怖くて痛くて恥ずかしかった。 なのに死ぬほど気持ちいいのが死ぬほど惨めだった。 こと肉体面で言えば十年間繰り返してきた除霊ん中でダントツ一番気持ちよかったが精神面はズタズタで心を裏切り悦ぶ体にうちのめされた。 お前のこと信じてたのに。 酷いことしねえって、信じきってたのに。 「俺だけ離脱とか冗談じゃねえぞ、清美さんは俺の依頼人だ、俺だってTSSの一員なんだ!」 「無能は勘定に入れん、げほっ!」 きまった。 鳩尾を蹴り飛ばされ咳き込む茶倉に対し、会心の笑顔で中指突き立てる。 「言ってろ強姦魔、事件の謎はといてみせるじっちゃんの名に賭けて!」 「なにがじっちゃんのナニ賭けてやジブンのナニ賭けろや!!」 「そっちじゃねー伝家の宝刀だ!」 「なまくら刀が見栄張んなホームランバーのがまだカッタイで!」 「うるせえ背面座位ヴァージン返せ!」 「さんざん遊んどるくせに吹かすなだあほっ」 申し分なく長い足が弧を描く。 首を刈り取るような回し蹴りを紙一重で躱し、顔面に頭突きを企てるもビー玉を踏み付け転倒。胸ぐら掴まれた茶倉も一緒に田んぼにどぼん。 沖田さんが自転車を漕いできた。  「喧嘩はやめろ、それかよそでやれ。この田んぼは私有地だぞ」 閃いた。 泥田の真ん中に茶倉を押し倒し、ギリギリまで顔を近付け囁く。 「てめえのへっぽこ推理が正しいかどうか村のおまわりさんに聞いてみようぜ、この人なら信用できる」 「清美に惚れとんのに?」 「依頼人まで疑うのかよ、オツムどうかしちまったんじゃねえか」 デコに裏拳が炸裂、ぬかるみを転げ回る。あっさりマウントを取り返された。 「清美かて村の一員、駐在は共犯候補。日水村の人間は誰一人信じられん、人妻に転がされて旦那の殺害に手ェ貸してない言えるんか」 怒りのボルテージが急上昇、泥を掴んで投げる。 「沖田さんはいい人だ!」 茶倉の顔面に泥饅頭が直撃、沖田さんが俺を羽交い絞めでひっぺがす。 数呼吸の沈黙。 綺麗な顔を汚す泥を親指で弾き、茶倉が今日イチ憎たらしく唇をねじる。 「おまわりが好みなん?趣味悪」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」 衝動的に紺色の制服を掴み、沖田さんにキスをした。 「ん」 甘酸っぱいラムネの後味と炭酸の刺激が舌で溶けるのを味わい、視界の端の茶倉を不敵な流し目で挑発し、たっぷり見せ付けてから唇をしぼるように離す。 「ああそうだな。ぶっちゃけた話、お前よかず―――――――――――っと好みだしあっちの方もゴリ太カリ高絶倫で上手そうだ」 「え?え?」 「ガタイとアレのサイズが比例するなんて統計ない」 「しょっぱな願かけしたろ」 「太く長くご立派な逸物を持った体の相性ばっちりのセフレに出会えますように?」 「待て、ゲイなのか」 「そっこー夢が叶っちまった。道祖神さまのご利益は偉大」 「長野くんだりまで遠征した甲斐あったな。たっぷり可愛がってもらえ」 「セフレ探しが本当の目的?だめだ混乱してきた」 「このあとめちゃくちゃセックスする」 「人の好みと意見を聞けよ、俺が好きなのは清美さんだ!!」 「「知ってる」」 哀れ完全封殺された駐在が撃沈、膝から崩れて田んぼの藻屑と消える。 茶倉がうざったげに髪をかき上げ溜息を吐く。 「もうええわ。勝手にせえ」 「言われなくても」 「今日から別行動やな」 「お前とは絶交だ」 「忠告したで」 泥濘に突っ伏す沖田さんを一顧だにせず、断固たる足取りで去り行く茶倉。 畦道に点々と穿たれた泥塗れの靴跡を見下ろし、次いで遠ざかる背中を睨む。 「……わからず屋め」

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