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第23話
酸欠の脳裏を走馬灯が巡る。
「かはっ!」
ゴツい触手が体を引きずり回す。目の前は真っ暗だ、猛スピードで移動してるのだけがわかる。全身の毛穴を塞がれて息苦しい、目鼻口に土が流れ込んで噎せる。
下半身に絡んだ触手が猥らがましく蠢いてケツを剥く。叫ぼうとした拍子にまた土が入り込み、たまらずえずく。ずんぐりした先端が後孔を突付き、ミチミチ肉を押し広げていく。
「んん゛―――――――――――――――――――ッ!!」
体の奥の奥まで一気に貫かれた。
化け物が腹ン中で暴れだす、俺を串刺しにして悦ぶ。醜悪な肉瘤が前立腺をゴリゴリ押し潰し、腹が破けそうな勢いで体奥を突きまくる。
嫌だ。苦しい。助けてくれ。口一杯に泥の苦味が広がる。詰め物されてるせいで喘ぎ声すら上げられない。
俺は縣。苗床。触手の脈動に鼓動が同調し、強制的に勃起を促す。
「んっぐ、ん゛ッん゛ッ」
白目を剥く。痙攣を起こす。触手の律動に合わせて体が弾み、生き埋めの苦しみが長引く。その間も触手は止まらず、片時も休まず抽挿を続ける。種付けを拒む心を裏切り淫乱な体が昂っていく、苗床へと堕ちていく。
ざまあねえ。
キツく閉じた瞼の裏に憎たらしい顔が浮かぶ。泥が詰まった鼓膜にすかした関西弁が聞こえてくる。
『しょうもな』
諦めず這い上がろうとし、引き戻されて土を食む。まだだ。再び歯を食いしばり、鉤字に曲げた指を打ち込む。
「ッがっ!?」
爪が剥がれる激痛に脳髄が焼ける。まだだ。尽きかけた気力を奮い立て、顎で力み、鉤の字の両手でガリガリ土を削る。両手の甲に触れた触手が弾かれた、茶倉に貰ったお守りの効果だ。幸い手首より上には手出しできねえみたいだ。
「ん゛ッ、ん゛ッ」
組紐の繊維がプチプチ千切れ、数珠にピシピシ亀裂が生じ、無慈悲に抜き差しされる触手が前立腺を苛め抜く。
一寸先も見えない闇の中、化け物に犯される。
『おっとうなんで』
『悪く思うな、これも当主の務めじゃ』
地中に響く少女の慟哭。瞼の裏に過去の幻影が結び、土地に染み付いた記憶が甦る。
地下牢に閉じ込められた少女の上で、男が腰を振っている。
『おきゅうさまがよりよく種付けを行えるように、道を付けるんじゃ』
『すまない。本当にすまない』
『あッぁぁっ、ァっあ』
『苗床になどなりとうない、助けて』
『縣に伽の心得を仕込むのも当主の務めじゃ、粗相があってはならんからの。おきゅうさまも人の番い方を知りたがっておる』
詫びながら娘を耕す父親。父親に貫かれ喘ぐ娘。滂沱の涙を流す親子を、異形の触手が取り巻いている。
蝋燭の炎が夜通し照らす地下牢で、無数の男女が交わり蠢く。
全裸に剥かれた女体に触手が群がり、肌をなめて四肢を吊るす。潤んだ女陰に赤ん坊と腕ほどもある触手が出入りし、胎内を耕す。猿轡代わりに触手を噛まされた少年が苦しげにえずく。
縣の出自は色々。一族の末子に限らず、近隣の集落からさらってきたり人買いから買ったりした。地下牢に監禁された縣は皆目隠しされた。そうしなけりゃ壊れちまうからだ。誰も化け物に襲われる絶望と、生きながら苗床に作り変えられる現実に耐えられない。
触手の動きは容赦ない。
裸足で逃げ出す娘を絡めとり、乳房を揉み搾る。泣き叫ぶ少年の尻を貫き、熟れた女の尻と性器を同時にかきまぜて潮を吹かす。
幾人かは腹が膨れていた。胎動を感じながら犯された。縣たちが孕むまで、否、孕んだのちも狂った宴は続く。おきゅうさまは人にならって人を犯す。
腹を蹴破る勢いで胎児が暴れ、陣痛が始まる。
『痛いッ、ァあぁあぁあっ』
触手に手足を絡め取られ、大股開いた女が息む。脂汗に塗れた顔は憔悴の色濃く、裂けた股間が血と羊水を垂れ流す。
呻き声が一際高まり、収縮した股が赤ん坊をひりだす。
『産まれたぞ!』
半透明の胞衣に包まれた我が子をずれた目隠しの隙間から一瞥、消耗しきった女が絶叫する。
俺は、見た。
赤ん坊の肌はミミズのように赤黒く節が入り、目鼻口が存在しない。のっぺらぼうだ。
未発達の眼球は皮膜に覆われており、鼻は歪な肉塊。口といえる器官にあたるのは肛門によく似た小さな孔で、そこからヒューヒュー吐息が漏れている。
奇形の赤ん坊は産声も上げず、血と羊水のぬかるみをぴちゃぴちゃ這うのみ。
『あいのこだ』
『でかしたぞ、働き手が増える』
『新しい田畑が拓けるぞ』
あいのこを産んだ縣の多くは気が狂い、自死を選ぶ。舌を噛んだ女と赤子はまだ繋がれたまま、男たちはそれすら気付かず浮かれはしゃいでいた。
あいのこたちはほんの数年で成人し、体は丈夫で文句も言わず、佐沼一族の貴重な労働力として用いられた。惜しむらくは生殖能力が欠けていたこと、寿命が二十年そこそこなこと。
性別はあるにはあるが繁殖で増えることはなく、人と掛け合わせても孕まない。
故に佐沼一族は縣を牢に送り続ける。
短命でも十分もとはとれた。おきゅうさまの眷属に連なるあいのこたちは、土中の宝を掘り当てる才に長けていた。
佐沼の先祖はあいのこたちが拓いた田畑や掘り当てた鉱物資源で財を成し、今日の繁栄を築いた。
非道な行いはさらに続く。
村人の嫉妬を恐れた佐沼家は、ただの肉として孔として、村の百姓たちにあいのこを貸し与えた。
『佐沼の牢には化け物がおる』
『化け物じゃない、あいのこじゃ。おきゅうさまより賜った種じゃ』
『うちの古女房より余っ程具合がいいんじゃ。孕む心配もない』
『鼻も口もできとらんのに下の孔は使えるらしい』
『アレもきちんと生えてるらしいぞ』
『ご当主殿の粋なはからいだ、遠慮なく恩恵に預かろうではないか』
『佐沼の一族にだけ美味い思いをさせるのは業腹じゃ、分け前をねだっても罰は当たるまいよ』
百姓たちは夜毎牢に通い詰め、あいのこを弄んだ。言葉を喋れないあいのこは何をされても逆らえず、いかなる秘密も漏らす恐れがない。
焼き鏝を押し付ける。
煮え湯を注ぐ。
針を刺す。
小便をかける。
口にするのも憚られる凄惨な虐待と倒錯的な行為が、無抵抗なあいのこたちに加えられる。
『ミミズのようにじたばた縮みよる』
『ほんに愉快じゃ』
みんなみんな壊れてる。
おきゅうさまが日水村の信仰対象である一方、人の体を通り受肉したあいのこは卑近な存在と見なされた。
佐沼家は百姓たちを抱き込み、連帯責任を背負わせる事で、地主の地位を盤石にしたのだ。
もちろん拒む人間もいたが、全体に比べりゃごく少数だ。佐沼家に肯わざるものは村八分の憂き目に遭い追い出されるか、自分から出て行った。
饐えた牢に犇めくあいのこたち。焼けただれ切り刻まれた肌。破瓜の儀式。種付け。狂った伝統。
あいのこの骸は土に還り土を肥やすとして、畑に埋められた。
佐沼の地下には陰惨な歴史が封じられていた。
日水村の土は縣の無念とあいのこの怨嗟に染まり、それ自体が化け物の苗床と化す。
土を噛んで食むたび憎悪が憤怒が悲嘆がありとあらゆる負の感情が惨たらしい情景と共に流し込まれ、苦味が回るのに比例し精神をずたずたに引き裂いていく。
「ん゛ッ、んッ、んんん゛―――――――――――ッ!!」
理性が蒸発し、自我が濁る。
嘗て地下で果てた何十人何百人の縣やあいのこたちの苦痛と快楽を無間地獄さながら反芻させられ、此岸と彼岸の境が溶けだしていく。
人はどこまで残酷になれるのか。
ただ家をでかくするために、どれだけ犠牲にしたのか。
『仇をとって』
『解き放って』
だしぬけに白い手が縋り付く。後から後から何本も、地の底深くから伸びてくる。
俺の体を押し上げているのは呪われた牢で果てた亡霊たち。女もいれば男もいる。大人がいれば子供もいる。全員が目隠しをし、悲憤に駆り立てられ繰り返す。
『こんな村滅べばいい』
『佐沼の一族など潰えればいい』
『埋まれ埋まれ全て埋まれ』
『今度はお前らが肥やしになれ』
『等しく遍く地獄に落ちろ』
亡霊たちの目に復讐の熾火が燃え、土気色に乾いた唇が憎しみの滾った呪詛を紡ぐ。
唐突に理解した。
佐沼尚人の事故死はおきゅうさまの祟りじゃない。縣の呪いだ。
非道な行いで栄えた佐沼家だが、近代化に伴い悪しき伝統は廃れ、縣や地下牢の存在がひっそり語り継がれるのみとなる。
それを佐沼尚人が、次期当主になる男が復活させたのがはじまり。尚人さんは再開発中のアクシデントや資金繰りの悪化を全部おきゅうさまの祟りと考え、呪われた牢を開け放ったのだ。
してみると社への監禁は一時的な措置で、のちに清美さんの目を盗み、自邸の地下牢に移す計画だったのか。
『あの男も所詮佐沼の末裔、血は争えぬ』
『だから殺した』
『佐沼の血筋は根絶やしじゃ、一族郎党皆殺しじゃ』
『見て見ぬふりした村の衆も同罪よ』
『牢を開けてはならぬ』
『使ってはならぬ』
『掟を破った慮外者に罰を』
夥しい白い手が服を掴む。
『復讐を』
『復讐を』
『復讐を』
『我が子ともども肥やしにされた、我らの無念を晴らしてくれ』
父親に犯された娘が、化け物の子を孕まされた女が、血の涙を流して懇願する。目を持たないあいのこまでも足にしがみ付いてせがむ。
瘴気を吸った数珠がどす黒く濁り、手首に回した組紐が引き伸ばされ、いよいよ気が遠くなる。
『ぎゃあああああああああ』
ふいに亡霊の手が剥がれた。
一人また一人、俺に纏わり付いてた連中が断末魔を上げ奈落に引きずり込まれていく。
かと思えば遥か下方に蠢くミミズの胴がボコボコ泡立ち、そこに生じた夥しい人面が泣き叫ぶ。
おきゅうさまが亡魂を食らってる。
一人また一人、白い尾を引い回収されていく。おきゅうさまに吸い込まれた亡霊の群れは完全にその身と一体化し、苦悶と怨嗟に歪む顔をうじゃじゃけた胴に浮かべていた。
『復讐を』
『復讐を』
『復讐を』
それは巨大ミミズに寄生した人面瘡。
おきゅうさまが蠕動する都度、臓物の色にテカる長大な胴の尾に至るまで、腫瘍めいた老若男女の顔が盛り上がる。目鼻口は赤黒い皮膜に覆われ、呪詛を紡ぐたび奇怪に蠢く。
もうむりだ耐えられねえ、頭がおかしくなる。おきゅうさまが吠え猛り、亡魂たちがそれに続き、地の底深くが鳴動する。
瞼の裏に憎たらしい相棒の顔が浮かんだのを最後に意識を手放し、次に目を開けたら逆さ吊りになっていた。
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