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第24話
「ちゃく、ら」
佐沼邸の庭に藤代さんを除く関係者が集結し、呆然とこっちを見てる。清美さんは文彦さんを支え、沖田さんはえりなちゃんを庇い、茶倉は堂々と立っていた。
「ざまあねえ、よな」
「下がっとれ」
人払いを終えた茶倉が改めておきゅうさまと対峙し、宣言する。
「ご機嫌麗しゅうおきゅうさま。はじめましてでええんかな、全然そんな気せえへんけど」
スーツの懐から呪符を抜き放ち、不敵な笑顔で五指に翳す。
「ご尊顔拝し奉り誠に恐悦至極光栄やけど、どえらい不細工なあばた面やん。助手は返してもらうで」
泥濘が広がる大地に潜り、また飛び出す。間一髪追撃を躱し呪符を投擲、人さし指を立て印を結ぶ。鋼の硬度を備えた呪符がトトトとおきゅうさまの胴に突き立ち、矢衾と化す。
『ぎゃあああああああああ』
『ひいいいいいいいいいい』
「やめろ、痛がってる!」
「他にどないせえっちゅうねん、代案ないなら黙っとれけ」
胴に開いた傷口が黒い血をしぶき、顔だけの亡者が悶絶する。丸太サイズの触手が宙を薙ぎ払い、死角に回り込んで奇襲を仕掛ける。
「後ろっ!」
茶倉が最前まで立ってた地面が深々抉れ、粘っこい泥が飛び散った。
「危な」
「真面目に戦え!」
「泥も滴るええ男やろ」
「あーあー惚れ直したよ、だから早く助けてくれ!」
血がたまった頭がガンガン痛む。髪の生え際に鼻血までたれてきた。
もろに泥をかぶった茶倉が濡れ髪をかき上げ、踝まで沈むぬかるみを踏み締め、瞠目し気息を正す。
切れ長の瞼が緩やかに上がり、鋭い眼光を帯びた瞳が、真っ直ぐに化け物を射抜く。
「汝知らずや我昔 術師の穴蔵に年を経し 黄泉ノ地蟲乃精魂なり なほ君が代に障りをなさんと 我に近付き奉れば 却って命を断たんとや」
漠然とした違和感を覚え、相棒の足元に目をこらす。何かがいる。凄まじい速さで地中を移動し、おきゅうさまに向かってくる。
「その時独武者進み出でて 汝王地に住みながら 君を悩ますその天罰の 剱に当って悩むのみかは 命魂を断たんと手に手を取り組み 懸かりけれ 地蟲の精霊千筋の糸繰りためて 投げかけ投げかけ白糸の 手足に纏はり五体を縮めて 倒れ臥しとぞ見えたりける」
おきゅうさまの正面、不可避の位置から異形が飛び出す。それもまた触手、でかいミミズだ。
茶倉の足元がボコボコ隆起し、音速で這ったミミズがおきゅうさまに絡み付いて締め上げる。
「きゃあああっ!」
「清美さん!くそっ、離れろ化け物!」
甲高い悲鳴に目をやれば、沖田さんが滅茶苦茶に鍬をぶん回し、おきゅうさまに反撃していた。
「なんだよこれ!」
「せやからおきゅうさまやっちゅうねん、よそ見してたらいてこまされるで。気張れよ駐在、惚れた女は命がけで守るんやろ」
茶倉の発破に沖田さんがまなじりを決し、清美さんたちを背中に庇い、無造作に踏み付けた触手をめった刺しにする。
「耕すのは俺の方が上手い!」
「その意気その意気」
一般人が頑張ってんのに負けてらんねえ。海老反りに体を揺すり、足に巻き付く触手に爪を立て、根性全開こじ開けにかかる。
「ふぬぬぬぬぬぬぬ!」
視界の端で茶倉が土蔵に駆け戻るのを確認、さらに握力を増す。
見捨てられたとは思わねえ。撤退は計画の内、起死回生の布石。手の甲と額に青筋が浮かび、組紐と数珠が燦燦と輝き始める。地震で土蔵が傾き、瓦屋根が剥落し、壁の一部に裂け目が生じた。
「今だ!」
光の矢が狙い過たず触手を射抜き、俺の脚を離す。
続けて土蔵の壁が崩落し、弓を絞って二階の板の間に仁王立ちする茶倉の姿を暴く。
5メートルの高さから落下して無事ですんだのは、地面が沼のようにぬかるんでいたから。
「ぺっ」
泥を吐き捨て顔を拭い、耳をほじって音を通し、猛然と走り出す。目指すは茶倉の所。
俺が戦力になれるかわかんねえけど、いねえよりはマシなはなずと信じて軋む梯子をよじのぼり、合流を果たす。
待ちくたびれたように茶倉が振り向く。
「おかえり」
「ただいま」
ごく自然にハイタッチを決め、背中合わせの立ち位置をとり、置台に飾られた刀を掴む。鞘を払って鯉口を切るや怜悧な白刃が覗く。
「へとへとちゃうの」
「まだイケる」
「酷い顔やで」
「顔色な」
誤解を招く言い方を訂正し、風切る唸りを上げて襲来した触手を斬る。
真剣を持った事は何度かある、居合の達人と評判のじっちゃんの道場に飾られてたのだ。剣道で鍛えた体幹も役に立った。
茶倉が弓を引き絞り不可視の矢を撒く一方、刀を振り上げ振り下ろし触手を断ち、摺り足で弧を描く。
上段先取り、左払い左袈裟、三段斬り。腰を落とした姿勢から伸び上がり、深く踏み込んで頭をかがめ、縦横無尽に残像を曳く刃を翻す。
「腕はなまってへんか」
「鍛えてっから」
血化粧を施した刃に怪訝そうな茶倉が映り込み、こんな時だってのに笑いだしたくなった。
「高校出たあたりからかな。たまにじいちゃんとこ通って、稽古付けてもらってんの」
「なんで」
「言わせてェの?」
滑らかな断面を見せ触手が吹っ飛び、墜落。
「お前を守るために決まってんじゃん」
俺は色々と危なっかしい茶倉をほっとけねえ。自分の身を護るのはもちろん大事だが、それ以上にコイツを守りたい。
茶倉の顔にむず痒げな表情が過ぎり、すぐ消える。
「今度はこっちな。ミミズの使い魔いたなんて初耳。ありゃなんだ、おきゅうさまの親戚?」
「俺の子」
「は?意味わかんね」
「なら教えたるわドン引きの秘密、心して聞けよ」
続きを遮り触手が襲来、二階の板の間を破壊。梁と柱がへし折れて茶倉ともども宙に舞い、真下の沼に叩き込まれる。
「ぷはっやべ、溺れる!」
「犬かき位できるやろ!」
「沖田さん!」
「おまわりさんっ」
触手に鞭打たれた沖田が母屋の柱に激突、あっさり気を失った。清美さんとえりなちゃんが泣きじゃくり、駐在を引きずって逃げようとする。
「おきゅうさまは村を滅ぼす気満々だ、佐沼家や村人の子孫を皆殺しにする気だ!出来物みてーに胴体に生えてる顔見たろ、ありゃ全部縣やあいのこの魂魄だ、おきゅうさまが喰ったんだよ!」
「あいのこて」
「おきゅうさまと縣の子、目も鼻も口もねえのっぺらぼうたち!村人たちの先祖はあいのこを使って畑を拓いた、それだけじゃねえ、さんざん嬲りものにしたんだ!ぶっちゃけ恨まれて当たり前だ、先祖たちに直接仕返しすんなら止めねえよ好きなだけやれ、でも末代まで祟んのはおかしいだろ、桑原のじいちゃんに菊池さんに中年青年団、身に覚えのねえ子孫までとばっちりくうのほっとけねえよ!」
先祖は先祖、子孫は子孫。同じ状況に立たされても、必ず同じ選択をするとは限らない。
俺だって、茶倉だってそうだ。
俺たちの体には死霊を慰め続けたぬばたまの巫女と、女房子どもを捨てた面打ち師の血が流れている。
だけど俺は茶倉の本性を知ってもびびらねえし、コイツを見捨てる気はさらさらねえ。
「忘れたのかよ茶倉、俺もお前も何十分の一かは人間じゃねーだろ、マジでヤバくてパねェ人外の血が入ってんだろ!なに悩んでっか知らねーけどンなのお互い様だっての、俺が今フツーに生きれてんのはどうころんだってお前のおかげだ、命の恩人が人だろうが人じゃなかろうが人でなしじゃなけりゃいいんだよどうでも、どんだけ感謝してっか言わせんのかよちきしょうめ、ラーメン百杯おごりてえ位だよ!」
たとえ人間じゃなくても、お前がお前であるのは変わらねえ。
底なし沼に浮き沈みしながら必死に叫んで泳ぎ寄り、泥でぬる付く指に指を噛ませ、せいぜい不敵に言ってやる。
「おきゅうさまがなんぼのもんだ、俺たちゃ無敵で最強の連チャンコンビだ」
「理一」
繋いだ手が熱く火照り、茶倉が持った弓に霊力が収斂していく。
「いてこましてやろうぜ」
日水村に手出しはさせねえ。佐沼や村人の先祖がどんだけ酷いまねしたって、何も知らない子孫が報いを受けるのは間違ってる。
それを因果応報と認めちまったら、俺たちの存在も否定することになる。
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