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第17話 『朝市』
兎駆けまわり事件の翌日、怒られるのを覚悟でクオンの家に行くことにした。
その前に朝市で詫びの手土産を物色していた。家令のモーリスから朝市に行くなら早い方がいいと言われ、空が薄青くなった頃に街に下りてみた。
春とはいえ朝の肌寒い空気に、そんなに人がいるのだろうかと疑っていたが、いざ朝市に行ってみると、さわやかな挨拶が飛び交い、多くの人で賑わっていた。
せわしなく動く人の流れの中を、レヴィンはひとつひとつ店の品を見ていった。
良い品を求める人が容赦なく身体をぶつけてくる。戸惑いながらも、高い身長を活かし、店先をのぞく。
朝市は周辺の農村で収穫された麦やチーズなどの畜産品、山などで採取された果物など多岐にわたり、品揃えは豊富だった。
田舎とはいえ、富裕層や貴族も多くいるこの街では庶民には買えないような珍しい魚介もあった。
レヴィンは朱色の髪をフードで隠し、手土産を探して歩いていた。
庶民には手の届かないような高級なものは敬遠されそうなので避ける。家の調度品を見る限り、工芸などの装飾品より、食品の方が喜ばれそうな気がした。
高価なものでもなく、だがクオンには珍しく思えるようなものはないかと探す。
なかなか難しいと悩み始めたとき、蜂蜜が目に留まった。それほど高値ではないが、安価というわけでもない。あればうれしいものかもしれない。
パンに塗るとおいしいし、クオンが作った紅茶風味の香草茶にも合いそうである。
レヴィンは蜂蜜を一瓶買うことにした。今日は鞄を背負ってきたので、その中に入れる。
思っていたより時間が経ってしまい、小腹が空いた。朝市が開催されている路地を出ると角地にパン屋を見つけた。焼き立てのパンの匂いがする。
レヴィンは茶色いパンをひとつ買った。少し固かったが、味は悪くない。腹を満たして街を出た。
朝市を見ているときはそうでもなかったが、林道を歩いているうちに、だんだんと気が滅入ってきた。道中、クオンにどんな怒られ方をするか考えていた。
怒鳴られるか、無視されるか、二度と来るなと言われるか。
クオンにどんな態度を取られても、めげずに通うつもりだったが、精神的ダメージは受ける。なるべく多くの『怒られパターン』を想像し、ダメージに備えた。
森を抜け、木造家屋の前に立って深呼吸をひとつした。そっと扉を開けた。
玄関扉はキイと鳴った。
「クオン……」
うかがうように家の中をのぞくと、クオンはテーブルに肘 をつき、こちらを向いて座っていた。
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