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第34話 『商談』
丘の上の屋敷の主人が会いたいと言ってきたとき、フレディは冗談かと思った。
街の片隅に小さな店を構えているフレディは、二十五歳になったばかりの駆け出しの商人である。販路も少なく、商人としても未熟であることは自覚している。
それを象徴するような話をすれば、丘の上の屋敷の主人が代わったことを知ったのも、先月だった。商人同士のやり取りで漏れ聞いた話で、富豪の商人たちは半年前には知っていたという。
そんな自分である。断られることを前提にとりあえず面会の申し出をすると、意外にも会ってくれるという。
丘の上の屋敷に挨拶に行ったのは三週間前のことだった。
新しい主人という人物は、レヴィン=ロムウェルと名乗った。予想外に若く、しかも朱色の派手な髪をしていて、文句なしの美貌だった。
フレディは形ばかりの挨拶と扱っている商品の話を少しだけして、早々に引き上げた。相手にはしてもらえないだろうと思ったからだ。
なのになぜ、自分に声がかかったのか意味がわからない。からかわれているのかと疑ったくらいだ。
屋敷からの使いの者は、自分は家令だと言った。その初老の男には見覚えがあった。屋敷に挨拶に訪れたとき、応接間に案内してくれた使用人だ。
その家令がわざわざフレディの店までやってきたことに驚いた。伝達など下男のすることだからだ。
失礼ながらもどういった要件なのか尋ねてみたら、にっこりと「それは主人に訊いてください」と言われた。なんだかよくわからなかったが、二日後に屋敷に行くと約束した。
フレディは緊張した面持ちで、応接間で待っていた。
さほど待たされもせず、屋敷の主人は颯爽と入ってきた。すかさず立ち上がる。
「呼び立てて申し訳ない。気楽にしてほしい」
朱色の髪の若主人は座るように示唆した。
「いえ、とんでもないことです。むしろ私のような者を覚えていてくださって、光栄です」
腰を下ろすと、家令が二人分の空のティーカップとポットをテーブルに置いた。礼をして退室する。
「今日呼んだのは、紅茶を手に入れたいからだ」
無駄な話はせず、若主人はいきなり本題に入った。
「紅茶、ですか」
紅茶ならすでにこの街の有力な商人が扱っている。フレディは若主人の意図を測りかねた。
「私の友人に変わった風味のお茶を作る者がいるんだが、彼の作る物を売り出したい。そのために、紅茶が必要なんだ」
フレディはさらに首を捻った。よくわからない。紅茶は紅茶でよいのではないか。
フレディが理解できていないことを察したように、若主人はティーポットに手を伸ばした。
「飲んでもらえれば、わかると思う」
慣れた手付きで、ポットを傾ける。フレディは恐縮した。勧められるまま飲もうとして手を止めた。微かに甘い香りがする。
匂いを嗅いでいると、若主人が言った。
「香草茶に紅茶を入れているものだ。香草茶は独特な味で苦手な者もいるが、紅茶を入れることで飲みやすくなっている」
フレディは味わって飲み、カップを置いた。上品な風味で女性が好みそうだった。しかし味はやはり香草茶だ。
「これはすでに街の香草店に出しているものだ。製作者が直接、店に卸しているんだが、一週間で売り切れる人気商品だ」
その買い手は主に貴族だと若主人は続けた。
「すると、これをもっと売るために紅茶が必要、ということでしょうか」
フレディの問いに、彼は首を振った。
「売りたいのはこれとは別のものだ。貴族が好む紅茶で作った新作だ」
新作の紅茶と聞いて、フレディは興味を持った。
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