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第35話 『商談成立』
若主人は自信ありげにフレディを見た。
「香りの立つ紅茶でミルクを入れてもおいしいものなら、上流階級なら買うだろう。この香草茶ですら、貴族の顧客がついているくらいだ」
それもわかると思った。フレディはうなずいたが、若主人は困った顔を作った。
「ただ、肝心の紅茶が高価で手に入らない。試作段階で頓挫しているんだ」
フレディはそういうことか、と思った。
「つまり、試作用に紅茶を提供してほしいということですね。しかも無償で」
「話が早くて助かる。完成したあかつきには、その商品を売ってもらいたい」
フレディは黙考した。紅茶農園の伝手はある。大量に仕入れるのは難しいが、少量であれば買い付けはできるだろう。顔を上げる。
「どれくらい必要ですか」
若主人は手を組んで、フレディを見た。
「貴族の一家が三か月で消費する量」
「!」
それはフレディが扱えるギリギリの量だった。元手もかかる。それを未完成の品に投資して、果たしてやっていけるだろうか。フレディは迷った。
失敗すれば仕入れた紅茶の価格分、損をする。仮に完成したとしても売れるかどうかはわからない。
貴族に売り込むこと自体、弱小商人である自分には難しいのだ。それに今飲んだ物は、製作者が香草店に卸していると言っていた。
完成したのち、貴族の顧客がついている製作者が店に卸してしまえば、自分の実入りは確実に減る。最悪、提供した紅茶の価格分すら回収できないかもしれない。
断るべきかもしれない、そう思ったとき、若主人が口を開いた。
「この新作の取引は貴殿とだけ行う。他には流さないことを約束しよう」
「…………」
「加えて、売り込み先の貴族を紹介する。それでどうだろうか」
フレディは目を見張った。商人にとって貴族との取引は喉から手が出るほど欲しい。しかもこの屋敷の主人の紹介付きである。
フレディの心は傾いた。
「商品の完成はいつになりそうですか」
「三か月以内に」
悪くない話だ。フレディはこの話を受けようと思った。仮に商品が完成しなくても、若主人に借りを作ることができる。
この御方は先ほどの口ぶりからして、おそらく貴族の中でもかなり格が上なのだろう。フレディの知り合いに下級貴族がいるが、その者らと比べると気品も違った。
フレディは心でうなずいた。
「わかりました。ご所望通り、ご用意します」
若主人は満足そうに笑った。
「商談成立だな。よろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。完成を楽しみにしています」
フレディは伸ばされた手を取り、二人は固く握手した。
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