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第39話 『クオンの想い人』
ロッドは長居しなかった。
紅茶を飲み干すと、クオンから必要な薬草茶を受け取り、村から持って来たパンやチーズを置いて帰っていった。
その後ろ姿をクオンが見ていた。玄関先でロッドが樹木の陰に消えるまで見送っている姿を見て、レヴィンは唐突にわかってしまった。
クオンはロッドに特別な感情を持っている、と。
ロッドの背に向けられた眼差しに切ない恋慕の情が浮かんでいた。
それに気づいたとき、レヴィンの胸がぎゅうっと締め付けられて苦しくなった。
胃のあたりを鷲づかみにされているような感覚だった。
レヴィンは動揺したが、クオンが振り返ったとき、感情は表に出さなかった。
涼しい顔をして、淡々と訊いた。
「クオンは、ロッドのことが好きなのか?」
黒い瞳が大きく開き、クオンは息を呑んだ。
「……なんで、そう思うんだ」
「見てたらわかった」
クオンは「そうか」と呟いた。レヴィンは静かに続けた。
「否定しないんだな」
「間違っちゃいないからな」
クオンは自嘲気味に言った。レヴィンの胸がまたズキンとした。
感情と一緒に表情を消すことには慣れていた。宮廷において、相手に自分の考えを読まれてしまえば、足元をすくわれることもある。
思考を読まれないために必然とできるようになっていた。
「告白しないのか?」
「しないよ。あいつには一緒に暮らしてる恋人がいる」
これには素直に驚いた。
「そうなのか? なら結婚も近いのか」
「さあな。だからいいんだよ、このままで」
口元にわずかな笑みをたたえ、寂しそうに目を伏せる。レヴィンは胸が痛くてたまらなかった。
クオンはロッドが飲んでいたカップと空になった自分のカップを持って、台所に向かう。
お茶会は終わった。
それから帰るまで、クオンは一言もしゃべらなかった。
玄関を出て、森に入る手前でレヴィンは一度だけ振り返ってみた。
森の家の玄関は閉じたまま、そこに見送るクオンの姿はない。レヴィンは口を引き結んだ。
枝をかきわけ、街へ続く道に出ると、フードをかぶった。目元まで引っ張る。
陽が傾きかけた林道で、すれ違う者は誰もいなかった。
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