47 / 89
第47話 『片腕の中』
「これ、焚火 の跡じゃないか?」
レヴィンは言った。
「ああ。俺たち以外にも誰か来たみたいだな」
クオンは手早く火を起こした。辺りは真っ暗になっていた。山間に陽が落ちてから暗闇になるまで、あっという間だった。焚火の灯りに安らぎを覚える。
火を挟んでクオンと向かい合わせに腰を落ち着けると、彼は持参した干し肉とチーズを分けてくれた。
レヴィンの荷物はモーリスがあれやこれやと詰めていたが、果物やパンの他に酒まで入っていた。荷物が大きくなるわけだ。
モーリスの気遣いに二人は笑いながら、こちらも分け合った。レヴィンはパンを千切りながら訊いた。
「幽延草 はここに咲いているんだよな?」
クオンは火に薪をくべた。
「湖の近くに生えてるよ。けど、咲くのは日の出のときだ」
「いまは咲いてないのか」
「ああ。陽が昇る前に咲いて、陽が昇ってしまうと花が閉じるんだ。薬として使えるのは花びらだから、咲いているときに摘む必要がある」
野宿をしなければならないのは、夜明けを待つためだったと知る。
「薬を作るのは大変なんだな」
しみじみと口にすると、クオンは「そうだな」と笑みを浮かべながら、薄い毛織物を出した。肩に掛けてくるまっている。肌寒くなっていた。
レヴィンもくるむものを引っ張り出したが、こちらは毛皮の毛布だった。モーリスの寒さ対策は万全だ。
騒がしい虫の音を聴きながら、しばらく他愛もない話をして過ごしていると、クオンがぼそりと言った。
「……寒いな」
レヴィンは耳を疑った。
「自分で寒いと言っていたじゃないか。なんで厚手にしなかったんだ」
大荷物だと散々言われたので、ここぞとばかりにやり返す。クオンはムッとしたように言った。
「去年はこれで大丈夫だったんだよ! 荷物多いの嫌だし。……今年はこんなに冷えるとは思わなかったんだ」
ばつが悪そうにそっぽを向いたので、レヴィンは悪戯 心が湧いた。
片腕を開いて毛布を広げた。
「入れてやってもいいが?」
にやりと笑う。
「…………」
クオンは真顔でレヴィンを見た。
「余計なお世話だ」と言われるのを待っていると、クオンはスッと立ち上がった。
焚火を回り、広げた片腕の中にストンと座った。黒い髪が頬に触れそうなくらい近かった。
驚いたのレヴィンの方だった。
冗談だったので思わず凝視していると、クオンが口を尖 らせた。
「なんだよ。寒いんだからいいだろ」
そう言って身を寄せてきた。
こうなってしまったら心中穏やかではいられない。毛布の端をクオンに渡すと、レヴィンは焚火を見つめた。
爆 ぜる炎のおかげで、頬が赤くなっているのはわからないはずだ。
けれど、触れ合った肩から心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと、レヴィンは思った。
ともだちにシェアしよう!