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第47話 『片腕の中』

「これ、焚火(たきび)の跡じゃないか?」  レヴィンは言った。 「ああ。俺たち以外にも誰か来たみたいだな」    クオンは手早く火を起こした。辺りは真っ暗になっていた。山間に陽が落ちてから暗闇になるまで、あっという間だった。焚火の灯りに安らぎを覚える。    火を挟んでクオンと向かい合わせに腰を落ち着けると、彼は持参した干し肉とチーズを分けてくれた。    レヴィンの荷物はモーリスがあれやこれやと詰めていたが、果物やパンの他に酒まで入っていた。荷物が大きくなるわけだ。    モーリスの気遣いに二人は笑いながら、こちらも分け合った。レヴィンはパンを千切りながら訊いた。 「幽延草(ゆうえんそう)はここに咲いているんだよな?」  クオンは火に薪をくべた。 「湖の近くに生えてるよ。けど、咲くのは日の出のときだ」 「いまは咲いてないのか」 「ああ。陽が昇る前に咲いて、陽が昇ってしまうと花が閉じるんだ。薬として使えるのは花びらだから、咲いているときに摘む必要がある」  野宿をしなければならないのは、夜明けを待つためだったと知る。 「薬を作るのは大変なんだな」  しみじみと口にすると、クオンは「そうだな」と笑みを浮かべながら、薄い毛織物を出した。肩に掛けてくるまっている。肌寒くなっていた。  レヴィンもくるむものを引っ張り出したが、こちらは毛皮の毛布だった。モーリスの寒さ対策は万全だ。  騒がしい虫の音を聴きながら、しばらく他愛もない話をして過ごしていると、クオンがぼそりと言った。 「……寒いな」  レヴィンは耳を疑った。 「自分で寒いと言っていたじゃないか。なんで厚手にしなかったんだ」  大荷物だと散々言われたので、ここぞとばかりにやり返す。クオンはムッとしたように言った。 「去年はこれで大丈夫だったんだよ! 荷物多いの嫌だし。……今年はこんなに冷えるとは思わなかったんだ」  ばつが悪そうにそっぽを向いたので、レヴィンは悪戯(いたずら)心が湧いた。  片腕を開いて毛布を広げた。 「入れてやってもいいが?」  にやりと笑う。 「…………」  クオンは真顔でレヴィンを見た。 「余計なお世話だ」と言われるのを待っていると、クオンはスッと立ち上がった。  焚火を回り、広げた片腕の中にストンと座った。黒い髪が頬に触れそうなくらい近かった。  驚いたのレヴィンの方だった。  冗談だったので思わず凝視していると、クオンが口を(とが)らせた。 「なんだよ。寒いんだからいいだろ」  そう言って身を寄せてきた。  こうなってしまったら心中穏やかではいられない。毛布の端をクオンに渡すと、レヴィンは焚火を見つめた。    ()ぜる炎のおかげで、頬が赤くなっているのはわからないはずだ。  けれど、触れ合った肩から心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと、レヴィンは思った。

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