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第51話 『初めてのお誘い』

 冬の足音が聞こえ始め、寒さが増してきた。レイトンの街には雪が降らないというが、それなりに寒い。  この時期、レヴィンはクオンの教えの下、切り傷用の練薬を作った。出来上がったものは近くの村に持っていった。  冬になると手指にあかぎれができる。練薬はとても喜ばれた。クオンがたくさん作りたいと言った意味がよくわかった。    秋に採取した幽延草(ゆうえんそう)の花びらはどうするのか訊いたら、煎じたものはすべて医師のグラハムに渡しているという。村人に分けたり、薬屋に(おろ)したりはしないそうだ。  クオンは言った。 「幽延草の効能はまだはっきりわかってないんだ。いろんな症状に効いて便利だけど、他の薬草でも替えがきく。  それなら普通の薬じゃ治らない病に効くかもしれないなら、その人たちにこそ必要だろ。グラハム先生も幽延草のことは知らなかったから、事情を話して不治の病の人たちに試してもらっているんだ」  レヴィンは感心しながら言った。 「医師が知らないというのは意外だな。東国では有名なんだろう?」 「万能と名高くて貴重だから、秘密にされてるんだよ」  クオンは父親から聞いた話だと前置きした。 「東国では幽延草は国家の管理下に置かれているんだ。自生地を見つけたら報告する義務があって、黙っていたら罰せられる。  自生地を見つけた者は一生遊んで暮らせるだけの報酬をもらえるけど、採取は国がする。薬は限られた人間にしか渡らないんだそうだ」 「それはひどい話だな」 「そうとも言えない。国が管理下に置くということは、採りすぎたりしないってことでもあるから。  皆が幽延草を求めたら、採りつくしてしまうし、法外な値段で取引されるのは目に見えてる。他国に流されたりしたら、自国の民すら救えなくなるからな」  クオンは複雑そうな顔をしていた。 「レヴィン。念のために言っとくが、幽延草のことは……」 「わかっている。誰にも言わない」  クオンは安心したようにうなずいた。レヴィンはふと、クオンの母親の話を思い出した。 「そういえば、お父上がお母上の病を治すために欲しかった薬草というのは」 「ああ、幽延草のことだ」 「…………」 「でもな、万能薬なんかじゃないんだ。仮に幽延草があったとしても、母さんの病気は治せなかったかもしれない。実際、親父の病気も治らなかったんだ」  クオンは父親の代わりに様々な薬草を探して山に入っていたとき、偶然あの場所を見つけたのだそうだ。 「東国では有名な薬草なのに、祖国では手に入らず、遠いハーゼン王国で俺が見つけたなんて、皮肉だよな。親父はどう思ったのか、怖くて聞けなかったよ」  クオンは少しおどけた調子で言った。暗くなりたくなかったのかもしれない。 「今日のお菓子はなにかな」と首を傾げながら催促した。レヴィンはくすりと笑いながらも、思考を巡らせていた。  幽延草がそれほど貴重な薬草だとは知らなかった。なのにクオンはレヴィンがついて行きたいと言ったとき、何も言わずに自生地に連れて行ってくれた。  自分になら知られてもいいと思ってくれたのだ。  これはかなり信頼してもらっているのではないか。    そのことに気づいたとき、レヴィンも腹を括ることにした。    もしゃもしゃとクルミ入りの焼き菓子を頬張る彼を見る。 「クオン、次にレイトンの街に行くのはいつ頃だ?」  訊くと、クオンは宙を見た。人差し指が数えるように動く。持って行くものが揃っているか、考えているようだった。 「まあ、来週か再来週だな」  クオンが答えると、レヴィンは真剣な眼差しで言った。 「だったらそのとき、俺の屋敷に来ないか」  それはレヴィンの初めてのお誘いだった。

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