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第52話 『予想外の客』
クオンが屋敷に来てくれると言ったとき、モーリスは大層喜んだ。
ずっと会ってみたかったらしい。彼もクオンの作るお茶の虜になっていた。
今まで持って行った菓子の中で何が好きそうだったか訊かれた。どれも美味しそうに食べていたと答えると、その中でも特に! と食い下がってきた。
レヴィンの観察眼が問われる一件だ。
「新作の紅茶ができたときに作ってくれた、柔らかい焼き菓子だと思う」
モーリスは張り切った顔でうなずいた。
五日後、クオンが来る日に来客予定はなかった。レヴィンが街まで迎えに行くと言ったら、嫌な顔をされた。
「ひとりで行ける。北西の丘の上にある屋敷に行けばいいんだろ」
その通りだ。迷いようがない。
モーリスは今か今かと待ち構えていたが、レヴィンは少々緊張していた。
今日は自分のことを話すつもりでいる。国王の実子であること、なぜレイトンに来ることになったのか、レヴィンは何も言っていない。本当の名前すら、隠したままだった。
クオンがリウではない以上、王位継承権を持つ王子だとわかれば、距離を置かれると思った。当然だ。
本来であればクオンの態度は不敬で処罰されてもおかしくはない。
貴族相手でも無礼ではあるが、そこは「友人になりたい」と言った自分に何かを察してくれたのだと思っている。
ただの変わった貴族だと思われているから、今の関係でいられるのかもしれない。
だが、この先もクオンのそばにいるのなら、いつまでも隠しておくわけにはいかなかった。
それだけではない。本音をいえば、本当の自分を知ってもらいたくなったからだ。
うまく話せるか、話す内容をまとめながら二階の廊下でうろうろしていたら、訪問客が鳴らす鉄輪の鈍い音が響いた。
一階にいたモーリスが飛んでいく。レヴィンは階上から見ていた。
「こんにちは」とクオンの声が聞こえた。
「クオンさんですね。ようこそお越しくださいました」
応対するモーリスの声に、レヴィンは玄関ホールにつながる階段を下りた。
そこにもうひとつ、影があった。
「すみません、友人なんです」
クオンがモーリスと話していると、階段を下りていたレヴィンに気がついた。
「悪い、急に。さっき街で会ったんだ」
クオンの後ろからロッドが顔を出した。
「レヴィンの家に行くって言うからさ、ついてきちった」
ロッドは悪びれもせずに言った。
「邪魔だったら帰るよ」
驚きはしたが、レヴィンはにこやかに笑った。
「いや、二人とも来てくれてありがとう」
レヴィンはモーリスを紹介し、クオンは花の香る紅茶と二種類の香草茶を渡した。
一種類は酸味の強い香草茶で、モーリスはこれがお気に入りだった。レヴィンが苦手にしているのは知っていたので「モーリスさん専用です」と言って、大いに喜ばせていた。
クオンとロッドを連れ、一階の応接間に入った。貴族の屋敷になぞ入ったことがないのか、二人はきょろきょろしていた。
モーリスがクオンの紅茶と焼き立ての芳醇なバターの香りの焼き菓子を持って来てくれた。
レヴィンにとって本題は身の上話だ。
ロッドが来たことは予想外だったが、一緒に聞いてもらった方がいいだろう。恋敵とはいえ、ロッドがクオンと自分を引き合わせてくれたのだ。
紅茶を飲んで一息つき、さあ、というところで、部屋の外から言い争うような声が聞こえてきた。
扉の向こうから「お待ちください!」というモーリスの制止する声がした途端、無遠慮に扉が開け放たれた。
三人が一斉に扉を向いた。
開いた扉の先にいたのは、目鼻立ちのくっきりした可愛らしい少女だった。その見知った姿に驚愕した。
部屋の中を見回した彼女はレヴィンと目が合うと、顔を輝かせた。
「レヴィー様!」
「エリゼ⁉」
レヴィンは驚き立ち上がった。
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