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第54話 『貴族令嬢』
応接間ではエリゼがクオンのいた場所に座り、腕を組み、脚も組んでいた。
エリゼ=スタンフォード。
彼女はひとつ年下の従妹であり、自分を宮廷から追い出した家の娘だ。スタンフォード家の面会申出人は彼女だったことを今更ながら知った。
レヴィンが部屋に戻ると、組んでいた脚を解き、しおらしく見つめてきた。先客を怒らせ、帰らせた当事者とは思えないほど可愛らしかった。
「レヴィー様。改めてお詫びいたします。突然来てしまって、ごめんなさい」
詫びるべきところはそこではないだろう、と嘆息する。
しかし、彼女にとって庶民とはそういう扱いだった。
レヴィンは彼女に向き合って座った。
「エリゼ。彼らは私の友人で、私が招いたんだ。どれだけ非礼なことをしたのか、わからないのか」
レヴィンが諭すように言うと、まぶたを震わせ、うつむいた。
「ごめんなさい」
空虚な謝罪だった。はるばる会いに来た相手が怒っていることだけはわかったようだ。
蝶よ、花よと愛でられ、皆にかしずかれることが当然のように育ってきた。彼女にとって大切なのは貴族かそうでないか。庶民は虫けらのような存在と思っている。
エリゼの価値観は、庶民の母をもち、庶民を友人だと言うレヴィン自身を貶めているということに本人は気づいていない。
レヴィンは抑揚のない声で言った。
「それで、何をしにきたんだ」
やっとかまってもらえると思ったのか、エリゼはぱっと明るい顔をしたが、すぐにしおれた。
「わたくし、知らなかったんです」
「?」
「レヴィー様が宮廷を出られた理由です」
眉をキュッと寄せ、大きな瞳を潤ませた。
「わたくしが原因だったんですね」
「…………」
レヴィンはそっと息を吐いた。
エリゼはレヴィンより三つ年上の第二王子の婚約者だ。彼女は婚約者を差しおいて、第六王子のレヴィンと親しくしていることに嫉妬した第二王子がレヴィンを追放したと聞いたらしい。
概ね間違ってはいないが、実際はレヴィンがエリゼを寝取ったことになっていた。さすがに自分が傷物にされているということまでは周囲は話さなかったようだ。
レヴィンがエリゼに手を出したと第二王子が本気で信じているのなら、怒り狂って一発くらい殴られてもよさそうだが、そんな騒動はなかった。
ただ罪状を突きつけられただけだった。
エリゼは国王の妹の娘である。幼少期から宮廷に出入りし、従兄で歳も近いレヴィンは小さな頃から慕われていた。
リウと遊んでいるところに、何度も乱入された覚えがある。
子供の頃は無邪気で、しょっちゅう服を掴まれていた。
レヴィンが十五歳、エリゼが十四歳のとき、二人の婚約話が持ち上がった。
庶民の母をもつレヴィンには異論を唱えることはできず、受け入れるつもりだった。だが結局婚約には至らず、話は流れた。
後で知ったことだが、第二王子は人形のように可愛らしいエリゼを気に入っており、彼が横槍を入れたらしい。
その二年後、エリゼが十六歳のときに第二王子と婚約することになった。しかし婚約後も彼女は事あるごとにレヴィンに会いに来ていた。
そのことをよく思わない者もいて、自分も控えるようには言ったが、聞くような彼女ではなかった。距離を置くようにはしていたが、エリゼは人目をはばからない。
第二王子との婚約から三年経った今も結婚に至らないのは、エリゼがレヴィンと恋仲であり、結婚を拒んでいるからだと噂する者もいた。
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