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第55話 『追放理由』

 第二王子から「エリゼを寝取っただろう」と言われたときは、業を煮やし、ついに言いがかりをつけてきたかと思った。  ところが叔母上の嫁ぎ先であるスタンフォード家の当主から申告されたと言われ、こちらが驚いた。    第二王子から『レイトン送り』にすると宣言され、開いた口が塞がらなかった。    レヴィンはスタンフォード家当主を呼びつけ、何かの間違いだと抗議した。その時の当主の言い分はこうだ。    娘が第二王子との婚約を破棄したいと言ってきた。  理由を尋ねたところ、第六王子と深い仲になってしまったからだという。    娘を傷物にしたうえ、第二王子の婚約者に手を出すなど何をお考えか、といけしゃあしゃあと言われた。 『レイトン送り』を言い出したのは、第二王子だけでなく、スタンフォード家も絡んでいたことをそのときに知った。  レヴィンは事実無根を訴えたが聞く耳も持たれず、庇う者もおらず、宮廷を追い出された。  後宮を有する宮廷では、愛憎劇などよくある話だ。  誰と誰が密通しているかなど、噂話は絶えない。公になったとしても、当事者間で解決されることだ。  故に今回の処遇は全く腑に落ちない話ではあったが、肉親が誰ひとりとして味方になってくれないレヴィンは、この状況を受け入れるしかなかった。    彼女に都合よく伝えられた内容をエリゼは信じて疑わない。 「わたくし、お父様に頼んでみます。レヴィー様が宮廷に戻ってこられるように」  両拳を胸の前で作って言う。  その父親が今回の件に絡んでいるのだ。聞き入れられるわけがない。  レヴィンはため息を吐いた。 「余計なことはしなくていい。国王も承知の上だ」  そう、父である国王ですら、レヴィンの追放を止めてはくれなかった。    興味のない冷めた目で「しばらくレイトンで暮らせ」と言われたときの失望感は、今もまだ苦く心に残っている。  レヴィンは無表情で言った。 「心配してくれる気持ちだけもらっておく」 「レヴィー様……」  エリゼは悲愴に暮れた。    レヴィンは、つ、と窓に顔を向けた。  淡い陽射しが入っている。 「そう悲観することでもない。それに案外、ここの生活も気に入っているからな」  その言葉にエリゼの頬がぴくっと動いた。 「……それは、あの子がいるからですの?」  鋭い。今やレヴィンがレイトンにいたい理由の十割がそれだ。だが、エリゼは誤解している。そこは正しておかねばならない。 「彼はリウではないよ。よく似ているから私も間違えたんだが」 「でも否定しませんでしたわ」  レヴィンの言葉を最後まで聞かず、エリゼは固い声で言った。 「あの失礼なご友人だって、否定しなかったじゃありませんか」  エリゼの目がきらりと光った。レヴィンは唾を飲んだ。 「それは……きみが捲し立てるから、言う間がなかったんだろう」  エリゼは納得できないという顔をしたが、レヴィン自身も自分の言葉が上擦っているのを感じた。  心が逸るのを悟られないように、話をそらす。 「なんにせよ、きみはもうここに来てはいけない」  エリゼの目が大きく開かれた。 「今日のことは黙っておくが、次があったら君の父上と婚約者の兄上に報告させてもらう」  きみの立場はさらに悪くなるぞ―  口にはしなかったが、レヴィンの言いたいことは伝わったはずだ。エリゼは涙が零れそうになっていた。  なんの感慨もわかず、レヴィンは扉の外に聞こえるように声を張り上げた。 「モーリス!」  すぐさま扉が開けられる。外で控えていたモーリスが頭を下げた。レヴィンは冷ややかに告げる。 「エリゼ=スタンフォード殿がお帰りだ」  彼女は肩を震わせた。レヴィンは構うことなく立ち上がり、応接間を出る。  テーブルには先客のために出された焼き菓子が、手も付けられずに冷たくなっていた。

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