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第56話 『自分の言葉』
翌日、木の実が落ちた道をレヴィンは歩いていた。その足取りは重い。
クオンになんて説明すればいいのか、わからなかった。
何を言っても見苦しい。かといって何も言わないでおくわけにもいかない。
屋敷でうだうだ考えていても時が過ぎるだけで、歩きながら考えようと出てきたものの、言葉はまとまらない。
自分が王子だということはエリゼの口からばれてしまった。
クオンがどんな顔をしていたのか、覚えていない。
一夜明けて、むしろどんな顔をされるだろうか。
そればかり考えていて、気づくと森の家に着いてしまった。
いつものように井戸の脇に土の付いた薬草が置かれている。普段であれば、家に鞄を置いて洗いに出る。
クオンは薬草茶の調合をしていることが多いので、来てからすぐに顔を見ることはなかった。
しかし今日は勝手が違う。声をかけねばならない。
家に入ると案の定、テーブルに家主はいない。
調合の部屋をのぞくと、背を向けて薬草をすりつぶしている。レヴィンは小さな声で呼びかけた。
「クオン……」
振り返ったクオンは、レヴィンを見ていきなりブハッと吹き出した。
「おまえ、なに世界が終わったみたいな顔してんだよ!」
急に笑い飛ばされて、レヴィンは面食らった。
「昨日の言い訳するんだろ? お茶入れるよ」
クオンは肩を揺らしながら立ち上がり、台所に向かった。レヴィンは戸惑いつつ、テーブルについた。
そっと息を吐く。
笑われるとは思わなかった。予想外だったが、彼の態度に変わりがなかったことにホッとした。
昼日中とはいえ、部屋の中は少し肌寒かった。
片手にポット、もう片方にカップをふたつ持って、クオンが戻ってきた。
「ほら、お菓子出せよ。持たされてんだろ」
お見通しだ。昨日の焼き菓子を出すと、クオンは早速手に取って食べた。
レヴィンはそれを見ながら重い口を開く。
「なにを言っても言い訳にしかならないんだが」
「うん」
「本当は昨日、自分のことを話すつもりでいたんだ。白々しく聞こえるかもしれないが」
「いや、信じるよ。何か話があるんじゃないかと思ってたから」
クオンがポットを傾け、カップに注ぐと甘い花の香りが漂った。
見なくともわかる、あの紅茶だ。レヴィンは差し出されたカップに目を落とした。
「あんなことになってしまって……何をどう言えばいいのか、わからない」
ぐっと口を結ぶと、クオンは笑みを浮かべた。
「なら昨日話そうと思ったことを話してくれるか。俺はおまえの言葉で聞きたい」
レヴィンは優しく向けられた黒い瞳をしばし見つめ、うなずいた。
大きく息を吸った。
「俺の本当の名は、レヴィーナード=フォン=ハーゼリアという。国王の息子で、第六王子なんだ」
クオンに聞いてもらおうと考えていた言葉で、切り出した。
庶民の母をもち、蔑まれてきた幼少期。
その母も亡くなり、兄弟たちともうまくいかぬ日々を過ごしてきたこと。
リウと共に遊んだ従妹のエリゼのこと。
レイトンに来たのは彼女への冤罪だったこと。
そして宮廷を追放された自分には、何もすることがないということ。
レヴィンは包み隠さず話した。
途中でクオンが口を挟むことはなかった。
すべてを聞き終わったクオンは、手元のカップを掌で包んでいた。
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