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第57話 『晴れない疑念』
薄ら寒い部屋で温かいカップを覆い持ったクオンは、急に顔をしかめた。
「あの子を婚約者にするって、おまえの兄貴は大丈夫か」
心底心配そうに言う。
最初に言う言葉がそれか、と内心突っ込むと同時にレヴィンは肩の力が抜けた。
第二王子に対してもこの調子で、自然と笑みが出た。
「昔は可愛かったんだ。いつからか、変わってしまったが」
レヴィンは入れてもらった紅茶を飲んだ。少し冷めていたが花の香りが心を落ち着かせてくれた。
「ありがとな。話してくれて」
クオンは焼き菓子を口に入れて、モゴモゴさせた。おいしそうに食べているいつもの顔に、レヴィンは安堵の吐息が漏れた。
なにも変わることはない―
そう思った。ところが、一抹の不安が脳裏をよぎった。心が落ち着かなくなる。
レヴィンは疑念を晴らしたくて、「クオン、」と口にした。
「昨日、エリゼはクオンのことをリウと間違えていたが、なんで否定しなかったんだ……?」
言ったあとから、緊張した。クオンは焼き菓子を飲み込んで、さらりと言った。
「あの状況で俺がリウじゃないって言っても信じないだろ。言わせとけと思っただけだ」
淀みなく答えたクオンにレヴィンは「そうか」とつぶやいた。なのに、眉間にこもった力は抜けなかった。
クオンはリウじゃない。だから、突然いなくなったりしない―
レヴィンは自分に言い聞かせた。くすぶった思いを消そうとしていると、クオンが「なあ」と言った。
「おまえまだ俺のこと『リウ』だと思ってんのか」
「! 思ってない!」
弾かれたように答えた。黒い瞳がまっすぐ見てくる。見透かされたような気がした。
レヴィンは居たたまれなくなり、目をそらしてしまった。
短い沈黙の後、クオンは話題を変えた。
「さっき、自分には何もすることがないって言ってたけど」
「?」
「俺のとこに来てくれてるんだ。何もやってないことはない。紅茶も高く売ってくれたし、レヴィンが手伝ってくれて助かってる」
黒い瞳が柔らかい色をたたえている。
「することがなくても、やれることはある」
クオンは続けた。
「やっているうちに、おまえにしかできないことが見つかると思う。今はまだ自分の道がわからないだけだよ」
そう言って、紅茶を飲んだ。
レヴィンは胸がじんとした。彼の温かい言葉を噛みしめて微笑むと、クオンも目を細めた。
だが励ましてくれた彼の微笑みは、どこか翳 りがあるように見えた。
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