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第68話 『緑の石のペンダント』

 森の家に行ったのは一週間後だった。    ずっと行けなかったのは、そのとき決定的な何かを言われそうで、怖かったからだ。    あれから何度かクオンを犯す夢を見た。凌辱する夢はあのときの一回きりで、それからはレヴィンを求めてくれる幸せな夢だった。  目が覚めるとため息が出た。現実だったらどれほどよかったか。鬱々とする朝を迎えては、森の家に行く勇気が出ない自分に自嘲した。  しかし、このまま屋敷にいてもクオンとの距離は縮まらない。むしろこのまま忘れ去られてしまうかもしれない。 自分はどうしたいのか。クオンに振り向いてもらいたいのだろう、と自答しているうちに、自分の気持ちを伝えてしまおうという思いに至った。  クオンはレヴィンを突き放すつもりなのかもしれないが、好きだと言ったら、意識してくれるかもしれない。  ロッドのことが好きでもいいから、そばにいたいと言ったら、なにかが変わるかもしれない。  その覚悟をするのに一週間もかかってしまった。  レヴィンは彼への想いを伝える決意をして、屋敷を出た。  太陽は天頂を過ぎ、よく晴れていた。  枝葉をかき分け、森の家が見えると、薬草畑にクオンがいた。雑草抜きをしていたようだ。  レヴィンが姿を現すと、手に草を持ったまま立ちあがった。  レヴィンが一週間行かなかったので、芽が出てしまったのだろう。雑草は早いうちに刈り取るに限る。レヴィンがこの一年で学んだことだった。  訳も言わず一週間も来なかったことに対して、彼は何も言わなかった。ただ一言、こう言った。 「やっと来たか」  その顔はいつもと変わらず、今にもレヴィンに「雑草抜いてくれ」と言いそうだった。  一週間ぶりのクオンの前に立つと、緊張で鼓動が速くなった。  レヴィンはこれから生まれて初めての告白をする。こく、と唾を呑んだ。 「クオン。話があるんだ」  レヴィンの真剣味が伝わったのか、クオンは「中で聞くよ」と家に入るよう促した。彼は井戸脇に置いてある桶の水で手を洗った。    いやが上にも緊張が増す。    先に家の中に入ったレヴィンがテーブルにつくと、クオンもすぐに入ってきて、座った。お茶を入れたりはしなかった。目顔で「なんだ」と言っていた。    レヴィンは大きく息を吸った。    まずはあの日、ロッドとの会話を立ち聞きしたことを謝った。    黒い瞳はまっすぐレヴィンを見たが、その瞳に非難の色は浮かんでいなかった。    クオンは淡々と言った。 「どこから聞いてたんだ?」 「最初から」  川を見ていたクオンにロッドが呼びかけたところから、レヴィンはいた。  そのことを正直に言うと、クオンは「そうか」と、目を伏せ、深刻な顔をした。  会話の内容を追求されると思っているのかもしれない。だがレヴィンにそのつもりはなかった。  それを聞いてしまったから、何か言われる前に告白してしまおうと思っただけだ。    レヴィンが告白しようと口を開きかけたとき、先手を取るようにクオンは立ち上がった。 「見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」  そう言って、二階に上がってしまった。  レヴィンは後ろ姿を見送り、長い息を吐いた。  鼓動はずっと速いままだ。告白がこんなに緊張するものだとは思わなかった。  クオンの言った『見せたいもの』については、頭の片隅にも残っていなかった。自分の想いを伝えたいことで頭がいっぱいだった。  ところがである。  二階から下りてきたクオンは、レヴィンの前にそっと『それ』を置いた。軽く目をやったレヴィンだったが、置かれた物を見て、目が釘付けになった。 「これは……!」  そこにあったのは、革紐に緑の石が通されたペンダントだった。  緑色の飾り石は透き通っているわけでもなく、お世辞にも高価なものとは言い難かった。  だがレヴィンはこれを知っていた。  リウと出会って三年後、彼らが十三歳のとき、王都で祭りがあった。レヴィンは宮廷の者たちには内緒でこっそり街に下りた。  多くの人で賑わう露店を見て回っていたら、路面に装飾品を並べている店があった。ブローチや指輪、ペンダントが目に留まった。どれも天然石を加工したアクセサリーだった。  なんとはなしに眺めていると、露天商が緑の石は身を守ってくれるので、ひとつどうかと言ってきた。  レヴィンはそれを聞いて、リウにあげたいと思った。彼は親に売られて東国からやってきていた。お守りにプレゼントしたくなった。    貨幣を持っていなかったので、自分の袖口のボタンと交換してもらえないか尋ねてみた。  ボタンは銀細工の精緻な作りで、露店で売るような石とは比べ物にならないくらい高価なものだった。露天商はそのことを告げずに、ペンダントと交換した。  レヴィンにとっては値段が釣り合わなくてもよかった。緑の石のペンダントが欲しかったのだ。 「お守りだ」と言ってリウにあげたら、とても喜んでくれた。そしてどんなときも付けてくれていた。  そのペンダントがここにあった。    レヴィンは大きく息を吸った。 「なんで、ここに……」  声が掠れた。  クオンの顔を見たら、彼は意味ありげに笑った。 「さあ? なんでだと思う」  レヴィンは勢いよく立ち上がり、叫んだ。 「リウ‼」  座っている彼の腕を取り、力づくで引き寄せ、抱きしめた。

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