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第69話 『お見送り』
「リウ……リウ……!」
ぎゅうっと子供がしがみつくように抱きしめながら、レヴィンは想いを告げた。
「リウ、好きだ。好きだ……! ずっと、好きだったんだ」
あの頃はまだ、はっきりと恋愛感情を自覚していたわけではない。今思えば、淡い恋心だったとわかる。
レヴィンは自分がどんなに彼を想っているかの、伝えたかった。
ロッドのことが好きでも、いつか自分を見て欲しいと思って、ずっと過ごしてきた。
なんでもいいから役に立ちたかった。彼が望むことに応えたいと、ふさわしくありたいと思ってきた。
想いは溢れるばかりで、だがその想いはうまく伝えることができなかった。口から出るのは、「好き」という言葉だけだった。
抱きしめていると、彼がレヴィンの肩にあごを乗せた。レヴィンはもう一度ぎゅっと強く抱くと、ポンポンと優しく背を叩かれた。
彼が腕の中で身をよじったので、レヴィンは体を離した。
改めて顔を見たら、黒い瞳はふんわりと優しい目をしていた。レヴィンのとても好きな顔だった。
「リウ……どうして、何も言わずにいなくなったんだ」
彼に会ったら、ずっと訊きたいと思っていたことをやっと口にすることができた。答えを待っていると、黒い瞳が揺れ、目を伏せられた。
「その話は……今度にしよう」
「今聞きたい」
間髪入れずに答えたレヴィンに、彼は首を振った。
「今日は感情的になっているからダメだ。何を言っても、信じないだろうから」
レヴィンは納得できなかったが、こういう言い方をするときは、絶対に折れないことを知っていた。
「わかった。じゃあ、明日なら教えてくれるか?」
うなずいたのを見て、レヴィンもそれ以上は訊かないことにした。
彼が花の香る紅茶を入れてくれたので、二人で飲んだ。
昔の話をしたら、相槌を打つだけで、寂しそうな顔をしたので思い出したくないのかと思った。
宮廷から姿を消さねばならない理由があったのだ。
それに今日までずっとリウだということを黙っていた。
早く知りたい気落ちをグッと抑え、先週の品評会の結果を話した。
優勝者は菓子作りもしているパン屋だった。彼がそこなら知っているというので、明日買ってくると言ったら「いいよ」と遠慮された。
ポットの紅茶もなくなり、夕刻も近かったので帰ることにした。
玄関を出ようとして、不意に胸が騒いで振り返った。
「リウ。いなくなったりしないよな……?」
眉根を寄せると、彼は笑った。
「しないよ、そんなこと」
いつもの笑顔にレヴィンは安堵して玄関を出ると、彼が言った。
「レヴィン。昼過ぎに来いよ」
「わかった」と返事をする。
レヴィンは告白の返事を聞き忘れていたことに気づいたが、明日にしようと思った。
森に入る前にレヴィンは立ち止まり、振り返った。
彼がロッドを好きだと知ってから、玄関を出て、たまに振り返っていた。ロッドのときのように見送ってほしかったが、いつも空振りだった。
だが、今日は違った。玄関に彼の姿があった。
レヴィンは驚いた。
初めて見送ってくれている。手を挙げると、彼も手を挙げた。
レヴィンは破顔した。うれしくてたまらなかった。
そして心を躍らせ、軽快に帰途についた。
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