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第6話

振り向かず全力で走りながら、秀一は考える。 このまま一気に駆け抜けて階段まで行き脱出するか、それとも何処かに隠れて遣り過ごすか。 後ろは見ていないが、追い掛けて来ているならそろそろトイレから出てきて秀一の姿を捉えるのでは。相手の速度もわからないので定かではないが、決めるなら急がなくてはならない。早く、早く。 隠れよう。ゲームでいうと選択肢を選ぶ感じてそこらの教室に飛び込む。 「ここは、音楽室…?」 音響機材は廃校前に持ち出されたのか室内に見当たらないが、壁に有名音楽家たちの肖像画が貼られていたし、四隅にスピーカーがある。 机や椅子は部屋の奥に積まれていた。懐中電灯で照らし、室内に危険がないかを確認する。 大きなグランドピアノが中央にある。そのまま捨て置かれているのは、壊れたから、それとも運び出すのが大変だからか。 弾いてみればわかるはずだが、秀一には音楽や楽器の嗜みがないし、今はそんな場合でもない。 こんな時なのに、研究熱心な秀一は収集した音楽室の怪談を思い出す。 誰もいないはずの音楽室からピアノの戦慄が聴こえたという定番から、壁にかかっている有名音楽家がギロリと睨んでくるだの、天井から滴り落ちる血が鍵盤の上に落ちて音を鳴らしているだの。 「いくら高い位置からでも血液の重さなんてたかが知れてるわけで、音は鳴らないんじゃないか?……なんて、言ってる場合じゃないな」 秀一は身を屈めて、大きなピアノの下に身を隠すことにする。 いつの間にか叫び声は聴こえなくなっていた。追い掛けてくる気配もない。 音楽室の先まで走っていったのか、反対側に行ったのか。あるいはまだ、トイレにいるのか…。 そも、あれはなんだったのだろう。 秀一のようにオカルトスポット目当てに来た女性? しかし、髪の毛を延ばして人の脚に絡み付かせるなんて芸当が普通の人間に出来るだろうか。 髪の毛じゃなかった? トリック?テレビのドッキリ? 「違う……」 そう思いたかったが、そうではないのは実際に見たから、わかってしまっている。 作り物と本物は迫力が違うから。 纏う雰囲気から違うのだ。 どう考えても化け物とか幽霊。 どう考えても人間ではない。 秀一はずっと、オカルトを信じてはいなかった。 しかし、世の中の不思議なもの全てを否定しているわけではないし、何よりーー自分が目にしたのなら、それはそこに居るし、存在すると認めざるを得ないだろう。 取り敢えず、仮に、女の化け物と呼ぶことにしよう。 化け物は、こっちに来いと言っていた。そして髪を切られて怒っていた。髪は女の命と言う。それを切ってしまったから、好きな人に嫌われると怒った。こういう事だろうか。 ストーカーでもしていた霊なんだろうか? 謎は尽きないが、今考えても化け物の気持ちも行動も全くわからない。 秀一はまだドキドキする心臓に手を当てて息を吐いた。

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