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第8話
ナイフであの化け物に挑むとして。問題はナイフが今手元にないことだ。
残念ながら逃げる際にトイレに落として来てしまったのだ。
だから、まずナイフをトイレゆ拾いに行き、それから化け物と対峙し突き刺すという行動が必要になる。
「めちゃくちゃハードル高い…
アルティメットモードじゃん」
なんでそんな事をしようとしてるんだろう。自問自答しそうになる。
そう言えば、生配信を続けたままであるのに気が付いた。
秀一はコメントを確認する。
リスナーからの反応が普段の五倍ほどあった。
映像には何が映ったのだろう。
あの化け物を撮影出来たのか。
どうやらコメントを読む限り、映像には髪の毛や化け物は映らなかったのがわかった。
角度の問題か、それとも秀一だけに見えたのかはわからない。
いきなり悲鳴をあげ逃げた配信者について、演出だという声と何かがあったと心配する声が上がっていた。
秀一は深呼吸してからマイクに小声で話し出す。
「……さっきは急にバタバタしてすみませんでした。演技じゃ、ないんです。錯覚じゃない。僕だって今まで信じて来なかったけど、怪異は存在したんだ」
スパチャも、今までにない額が振り込まれている。
みんなが秀一を心配してくれた?
一瞬目を輝かせる。
しかしーー
香典香典香典香典
文字が、飛び交う。
何人もが繰り返す、弾幕を。
秀一が死ぬことを望む帯を。
香典香典香典香典
彼らにとって顔も知らぬ、どこの馬の骨かわからぬ配信者など、死んでもいい存在なのだ。
確かに生配信中に秀一は、もし危険な目にあい死んだらスパチャの香典をくれという冗談を言った。しかしあれはあくまで、リスナーを笑わせようとしただけ。
本当に香典を送ってくるなど、死ねと言われているようなものではないか。
彼らにとってYouTubeは娯楽。
そしてYouTuberは玩具。
友達などではない。
ただ面白いからコメントする。
ただ楽しむためだけに金を投げる。
心配するコメントもあるが、心配する自分に酔っているだけかもしれない。
秀一は彼らにとってどうでもいい存在であり、他人なのだ。
「は、ーー…はは、」
自分が一生懸命やってきたのは、こんなことだったのか。
秀一は配信終了ボタンを押す。
配信を頑張ったのは自分に出来ることをし、憧れの自分になり自信を回復したかったからだ。
他人を、観てくれる応援してくれるリスナーを喜ばせたい、そんな気持ちもあった。
しかし。
秀一のしてきたことはーー無責任で情の欠片もない他人を喜ばせようと、繋がろうと、必死だったということなのか。
やっぱり人間は。
化け物なんかよりも人間の方が余程……
カメラを投げ出しそうになる。
しかし、秀一は踏みとどまった。
キッと眉を上げ唇を噛んで気を引き締める。
他人が自分に死ねと言ったからなんだ?
大事なのは、自分がどうしたいかじゃないか!
「……やってやるよ」
掠れてはいるが、しっかりした声。秀一の瞳に光が宿る。
終わっていない。
まだ、終わらない。
「僕があれを、倒してやる!」
もしそれで死んでしまってもいい。どうせ夏休みが終わればまた、虐められる学校生活に戻る。
近しく感じていたネット民は秀一の死を望んで金を投げている。
なら、いいじゃないか、こんな命どうなったところで。失敗したところで。
失うのなんか怖くない。
そう思えば、一歩が踏み出しやすくなる。
悩んだのが馬鹿らしい。
死んでもいいと思ったからこそ、心を決められた。
死んでなんかやるもんかと。
秀一はカメラをリュックに仕舞った。
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