9 / 117

第9話

そろそろと音楽室の扉を開く。 相変わらず廊下は静かだ。 花子さんではない化け物は寝ちゃったのかな。 廊下に出ると壁づたいに来た道を帰ろうとするとーー 『待て、行くな。こっちに来い』 思わず足を止める。それはトイレの化け物の声ではなかった。 そうだ、さっき踊り場で聴いた男性の声。低くて澄んだよく通る声だ。 今度こそオカルトヲタクの同胞か。 この危険な場所に興味本意で来てしまったのか?秀一と同じように。 「誰ですか、何処にいるんですか」 隠れているのか?秀一は問う。 『踊り場まで来い』 「踊り場にいるんですか」 そんなところに人が? 秀一の疑念は深まるが、声は続く。 『そうだ。君は恐らくーー女の幽霊に遭遇したんだろう?』 知っているのか、さっきの化け物ーー幽霊を。 「あなたも見たんですか……はい、男子トイレにいました。髪の毛を延ばして僕の脚を拘束してきました…。凄い形相で、絶対あれは生きてる人間じゃない」 『どうやって逃げたんだ?』 「ナイフで髪の毛を切って逃げたんです」 『へえ、ナイフね。君が逃げられた経緯はわかった。しかし折角逃げたのにまた、トイレに向かおうとしてるのか? 彼女がトイレに居たのだとしたら、まだいるよ。何故危険に赴く?』 「それはーーあのまま放っておいたら、他の人が襲われるかもしれない。だから、なんとかしようと」 『独りでか』 「ナイフがあります。あれを拾えば」 馬鹿だと思われるだろう。実際、秀一のやろうとしていることは無謀だ。 あんな得体の知れない恐ろしいすものに、ただのヒョロガリ高校生がナイフ一本で挑むなんて。 『踊り場に来い』 もう一度声は言った。 『駆け抜けろ』 「え?」 『トイレの前を駆け抜けろ、と言ってるんだよ。君が踊り場に来るにはそうするしかないだろ』 さっき声は、化け物はまだトイレにいると言った。何故わかるのか不明だが、廊下の静まり具合から信じていいと思える。 だから、化け物がいるトイレの前を駆け抜け、男がいる踊り場に来いと言っているのだ。 男が何者なのかさっぱりわからない。しかしやり取りから、敵ではないと秀一は感じた。 どのみちナイフを取りにトイレまで行くつもりだったのだ。 意を決した秀一は声に従い、駆け出す。 「ままよ!」 男子トイレの前まで来る。足元に転がるナイフを拾う一瞬、中を覗くとーー居た。 禍々しいオーラを放つ、あり得ないほど髪の毛が長い女が床に座り、小用便座にしがみつきながら立ち上がろうとしている様が見えた。やっぱり化け物か。 「ひッ!」 思わず声をあげたが、気付かれただろうか。 どちらかわからないが駆け抜けるのみだ。 ナイフを素早く拾って全力疾走する。階段を駆け降りて、行きに通って来た踊り場へ。

ともだちにシェアしよう!