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第9話
そろそろと音楽室の扉を開く。
相変わらず廊下は静かだ。
花子さんではない化け物は寝ちゃったのかな。
廊下に出ると壁づたいに来た道を帰ろうとするとーー
『待て、行くな。こっちに来い』
思わず足を止める。それはトイレの化け物の声ではなかった。
そうだ、さっき踊り場で聴いた男性の声。低くて澄んだよく通る声だ。
今度こそオカルトヲタクの同胞か。
この危険な場所に興味本意で来てしまったのか?秀一と同じように。
「誰ですか、何処にいるんですか」
隠れているのか?秀一は問う。
『踊り場まで来い』
「踊り場にいるんですか」
そんなところに人が?
秀一の疑念は深まるが、声は続く。
『そうだ。君は恐らくーー女の幽霊に遭遇したんだろう?』
知っているのか、さっきの化け物ーー幽霊を。
「あなたも見たんですか……はい、男子トイレにいました。髪の毛を延ばして僕の脚を拘束してきました…。凄い形相で、絶対あれは生きてる人間じゃない」
『どうやって逃げたんだ?』
「ナイフで髪の毛を切って逃げたんです」
『へえ、ナイフね。君が逃げられた経緯はわかった。しかし折角逃げたのにまた、トイレに向かおうとしてるのか?
彼女がトイレに居たのだとしたら、まだいるよ。何故危険に赴く?』
「それはーーあのまま放っておいたら、他の人が襲われるかもしれない。だから、なんとかしようと」
『独りでか』
「ナイフがあります。あれを拾えば」
馬鹿だと思われるだろう。実際、秀一のやろうとしていることは無謀だ。
あんな得体の知れない恐ろしいすものに、ただのヒョロガリ高校生がナイフ一本で挑むなんて。
『踊り場に来い』
もう一度声は言った。
『駆け抜けろ』
「え?」
『トイレの前を駆け抜けろ、と言ってるんだよ。君が踊り場に来るにはそうするしかないだろ』
さっき声は、化け物はまだトイレにいると言った。何故わかるのか不明だが、廊下の静まり具合から信じていいと思える。
だから、化け物がいるトイレの前を駆け抜け、男がいる踊り場に来いと言っているのだ。
男が何者なのかさっぱりわからない。しかしやり取りから、敵ではないと秀一は感じた。
どのみちナイフを取りにトイレまで行くつもりだったのだ。
意を決した秀一は声に従い、駆け出す。
「ままよ!」
男子トイレの前まで来る。足元に転がるナイフを拾う一瞬、中を覗くとーー居た。
禍々しいオーラを放つ、あり得ないほど髪の毛が長い女が床に座り、小用便座にしがみつきながら立ち上がろうとしている様が見えた。やっぱり化け物か。
「ひッ!」
思わず声をあげたが、気付かれただろうか。
どちらかわからないが駆け抜けるのみだ。
ナイフを素早く拾って全力疾走する。階段を駆け降りて、行きに通って来た踊り場へ。
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