26 / 117
第26話
「これ以上恥ずかしい話をするならもう食事を与えないぞ。馬から落ちて石に頭をぶつけて泥にまみれて犬に脚を噛まれて死ね!」
『そんなてんこ盛りにしなくとも。それに俺はもう死んでるんだが』
コントのようなやり取りが続いたが、真面目な話もしないわけではない。
『最初に話したように、俺が君と一つになったのは、力を借りたいからだ。
霊の中には、余りの長い孤独や、生前に抱えた遺恨や恨みに精神を保てなくなりおかしくしまった存在がいる。俺は死狂(しきょう)と呼んでいるが』
秀一は彼の話しに聞き入る。こういう真面目な話をする彼は元教師らしく理路整然としている。
『霊は孤独な存在だ。家族や愛する人に看取られ往生した場合、そのまま天国に行くことも叶うが、未練を遺したまま死ぬと地上に囚われて動けなくなってしまう。所謂地縛霊、というやつだな』
地縛霊については秀一も知っている。自分が死んだことを受け入れられない、理解できない状態の霊だ。
『天国に行かせてやりたいんだ』
「……」
『君と俺の力を合わせたら、出来る』
『俺はもう君の中にいるんだ。だったらこの状態で出来ることを前向きに考えた方がいいんじゃないか』
「ーー……」
性的悪戯をされて不登校、つまり引きこもりになった時に秀一は考えた。
出来ることはないのか。
学校に行くのが怖い。
人間が怖い。
それは仕方ないとして。すぐに改善できるものではないとして。
ただ毎日寝て起きて、ゲームして。生産性のない日々にも、自分にも嫌気がさした。
それがYouTuberを始めるきっかけになったのである。
現状を受け入れ、その中で出来ることをすべきだという奨の言い分は正しい。
何も世界中すべての霊を救おうなんて話ではないだろう。
手を差し伸べられる分だけ。
『君は、勝てないと思った存在に独りで挑む勇気ある人間だ。波長があうだけじゃない。俺は君となら出来るとーー思ってるんだ、本当に』
あの度胸は純粋ではない。
YouTuberシュウなら逃げない、戦ったはずだ。勝てるはずがない相手でも。
ヒーローに憧れるみたいな気持ちと、リスナーたちに見捨てられて死んでもいいと投げやりになった気持ちが混ざりあっただけだ。
秀一は奨が言うほど勇気に溢れてもないし、平凡な高校生だ。
でも。
「YouTuberをやろうとした時、やってみなきゃわからない。出来るかもしれないって思った」
「失敗を怖れたら何も出来ない。なにも始められない。見る前に跳ぼうって」
猪突猛進、無謀の精霊、行き当たりばったり。
秀一の選択をけなす言葉は沢山ある。
しかし奨は微笑みーー秀一の頭を優しく撫でた。
『その選択は正しい。正しい道は何も最初から決まっているわけじゃない。君が選ぶ道が正しいんだ』
それはとても教師らしい希望に満ち溢れた励ましの言葉だ。
「やってみるよ、僕」
『嗚呼。俺がーー先生が、ついてる』
ついてるって、憑いてるの間違いじゃない?なんてつっこんで、二人は共に笑った。
なんだって、新しい事を始める時に人は不安になるものだ。
YouTubeだって高額な機材を買ってから「もし誰も見てくれなかったらどうしよう」と不安になった。
ゼロから始めよう。
彼とバティを組み、苦しんでいる霊を救うのだ。
ともだちにシェアしよう!