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第29話
数時間後、秀一はショルダーバッグを肩に掛け外に居た。
奨は体内に待機している。
霊体というと頭に三角の布をつけ、脚がなく、ヒュードロロなんてBGMを背負うイメージがある。しかし、それは文字通りのイメージだ。人が作り出したものに過ぎない。
足がない幽霊のイメージは、江戸時代に活躍した京の天才絵師・円山応挙(まるやま おうきょ)の影響が大きい。
応挙は別に幽霊をデッサンしたわけではなかろうし。
奨には脚がちゃんとある。見た目だけなら生きている人間となんら変わりはない。
霊感がない人間からしたら、普通の人間と見分けはつかないはずだ。秀一と並んで歩いたとして。
とはいえ、霊感があったり波長があう人間が人混みにいた場合、奨が人間ではない違和感に気づくことがあるし、霊同士は互いを同類と認識しやすいようであった。
奨はこのように言った。
あの歌い手の声を聞いた、と。
名前はAmy。しっかりした歌唱力、一見ネガティブで攻撃的に見えながら、若者が抱える苦悩を赤裸々に歌い上げる歌詞があれよあれよと話題になり、いつの間にかネットだけでなく様々なメディアに進出する人気を得た歌い手である。
今は、現実の繋がりよりネットの繋がりの方が下手すれば濃密である。
言葉だけでなく想いがそのまま伝わる、不純物抜きで。
顔が見えないからこそ言える言葉。
知らない相手にこそ伝えられる想い。
それが刃ともなり人の心を抉ることもあるが、人の救いになったりもする時代だ。
SNSで彼女と繋がったファンたちは、自身がAmyと友達になったかのように近しく彼女を感じた。
彼女が病んで弱音を吐くと沢山の人が友達のように慰めたり、真摯に怒ったりする。
距離のない関係。
その姿は秀一に対するリスナーと同じようなものだったかもしれない。
Twitterに自殺を仄めかす呟きが上がった時は、沢山の人間が彼女を心配した。
跳んじゃおうかな。
なんの希望もしないから。
屑でゲロカスな歌い手はサヨナラします、今までお見苦しくてごめんなさい。
そのツイートが最期。マンションの屋上から飛び降りた彼女は、なんと現役女子高生だった。
人気歌い手の自殺。センセーショナルな事件に世間は騒然となる。
彼女を近しく思っていたファンたちの嘆きはそれ以上で、後追い自殺が相次いだ。
人々の心を掴み、嵐のように活躍し、あっという間に消えた彼女は実在したのかとすら噂される。本当に死んだのかすら怪しい。彼女の影響は残り続けている。
死は終わりではないのか?
多くの人がそんなことを論じた。
秀一はその答を知っている。
霊という存在を知っているから。
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