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第30話

「彼女の声を聞いたって、いつどこで?」 『霊が歌っていたんだ。あの時実験していたろう?どこまで俺と君が離れられるかの』 実体化した奨が秀一から離れ活動できる距離は10メートルほどだ。 これは二人で、少しずつ距離を離す実験をして検証した結果である。その時の話をしているのだ。 とはいえ、距離がなくとも霊の声が聴こえない場合があろうとおかしくはない。 秀一はすべての霊が見えたり、声が聴けているわけではない。 そうなら、街を歩くだけでそこら中に溢れる様々な霊に遭遇しているはずだ。 波長や相性によって見えたり聴こえたりするのである。 『俺がAmyの歌を聴いた場所に行ってみよう。運が良ければまた今日も逢えるさーー』 秀一は奨が言う場所へ向かう。 そこは近所の公園だ。 広々とした公園だが、遊具がブランコしかなく地味なので子供には人気がない。 犬の散歩には適しているし、休日には老人たちがゲートボールなどをしていることはある。 確かにこの公園近くで二人は実験をしたのだ。 ーー歌が、聴こえてきた。 Amyの歌だ。 「奨さん、聴こえる!」 秀一は公園に足を踏み入れた。 20代と思われる冴えない感じの青年がブランコに座り、ゆらゆらと所在無さげに揺れていた。コンビニの制服を着ている。 店員が昼の休憩中といったところか? が、特筆すべきはそこではない。 「せ、背中ーー」 彼の背中に、女性がべったりと張り付いていたのだ。 男の首筋に手を回してぶら下がる姿は親におんぶされる子供のようだが、どう見てもこの女の子はーー幽霊だ。 『あらあなた、あたしが見えるの?』 髪型はツインテール。色は艶やかな漆黒だが派手なアクセントがある。前髪がピンクと紫色に染めてあるのだ。 服装も中々個性的である。基本はゴスロリの黒のワンピースなのだが装飾が凄い。掌サイズのクマ、うさぎなどの縫いぐるみがスカートを埋め尽くすほど貼り付けられていた。 ボーダーのニーハイは絶対領域厳守。色は前髪と同じ紫とピンクだ。とても美人、可愛い子であるが、マスカラが濃くて目が寝不足のクマみたいになっている。 派手だ、とんでもなく派手だ。 そんな彼女は、奨が秀一に憑依したのと同様、コンビニ青年に取り憑いているのだ。 「Amy…さん?」 秀一は覆面歌い手であるAmyの容姿を知らない。が、先程発した声は確かに歌声と同じだ。 「はい?ーーなんですか」 しかし返事をしたのはコンビニ青年の方だった。彼は秀一の方を見て怪訝そうな顔をしている。 そうか。当たり前の事だが、秀一が霊に話しかけたとしても、その場に生きている人間がいたら声は聴こえてしまうのだ。 『シュウ、誤魔化せ』 脳内に響く奨の声。 『あなた取り憑かれてるのね。なーるほど。あたしが見えるの?良いなあ、あたしのダーリンは全然あたしのことが見えないのに』 Amyはコンビニ青年の背中にまだぶら下がっている。掴まりながら浮いていると表現した方が正しいか。 彼女の話から察するに、コンビニ青年は霊が見えないし声も聴こえないらしい。 取り憑けたということは、二人の波長は合うのだろう。何故コンビニ青年にはAmyの姿は見えず、声も聴こえないのか。 まだまだ霊に関してはわからないことが多い。

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