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第31話
「あー、マイクテスト中。よし」
ゴホンと咳払いし、秀一はショルダーバッグからハンディカメラを取り出した。
YouTuberなら独り言をぶつぶつ言っていても撮影中、配信中にしか見えないだろう。
コンビニ青年は自分に話しかけられたのではない、と判断したようだ。
『ちょっとあなた』
フリルだらけのスカートを履いた女の子の霊が、コンビニ青年の背から降りた。
ふわりと立ち、ニコリと微笑むと秀一に近付いてくる。
『ねえ、あなたはどんな霊に取り憑かれてるの?その人に逢わせてよ』
奨が実体化し秀一の傍らに寄り添う。Amyはじろりと二人を一瞥した。
『わあ、凄いイケメンねえ。ま、死んじゃったらイケメンだろうとなんだろうと意味ないけど』
『そうだな。売れっ子人気歌い手も、死んだら意味がないのと同じだな』
『は?』
奨の煽るような物言いに秀一はハラハラする。
一体どういうつもり?!
『歌い手だかなんだか知らないが、それだけ沢山の支持を得て、愛されて、何故自殺した?』
『あたしのこと知ってんだ。ファンかな?』
『いや、俺は違う。俺が取り憑いているシュウはそうだがな。死にたいだのしんどいだの、弱音を吐くばかりの歌のどこが良いのか俺には全くわからないが』
奨はなんてことを言うのか。Amyはギロリと真ん丸の瞳をひん剥いた。
『あ?喧嘩売ってんの?』
Amyが情緒不安定なのは病みツイや歌の歌詞からわかりやすいが、いきなりキレるとは。
可愛い顔が怒りにより形相が変わり、醜く歪む。
『なんで死んだか?教えてやろうかーーあの男のせいよ』
彼女はブランコに座っているコンビニ青年を指差す。
『あたしと彼は孤児で、同じ施設に育ったの。親に棄てられたあたしたちは寄り添いながら、支えあいながら育ったわ。
歌うしか能がなかったあたしに、歌でプロを目指し稼ぐ事を勧めてくれたのも彼。
あたしは努力しまくって、ネットでの人気を得た』
Amyは身の上を語りだす。
『人気ってよくわかんないね?あたしはただ、しんどいとか辛いとか死にたいとか、思ったことを歌ってただけなんだけど』
『SNSのフォロワーが凄い数になって、みんながあたしの歌がいい、好きだと言って。信じられない気持ちだった。あたしの一喜一憂に他人があれこれ親身に反応するのが不思議だった』
『段々有名になって、仕事が貰えるようになり、お金も沢山稼げるようになった。豪華なタワマンに住めるようになった。勿論、彼と一緒に。
コンビニ勤めなんか辞めていいってあたしは彼に言った。だけで、養われるなんて嫌だと、彼は辞めなかった』
ため息をつくAmy。
『あたしは十分稼いだ。もう一生遊んで暮らせる金がある。相変わらず知らない奴らがあたしは凄いと騒いで持ち上げてきていた。……なんか、疲れちゃって』
『彼に言ったの。結婚したいって。歌い手辞めたいって。彼のお嫁さんになりたかったの。子供を産んで、幸せな家庭を築きたかった。だけど彼は嫌だって』
急に声のトーンが落ちる。
秀一はそわそわしたが、奨が黙っているので、同じように黙り込み、話の続きを聞く。
『孤児だったあたしにとって、それは一番の夢だったんだ。
どんな人気も名誉もあたしを満たさなかった。沢山のファンからちやほやされても。
あたしがほしかったのは、とてもとても、小さな幸せだったの』
彼女は爆発的な人気と地位を得た。それは他人からすれば羨ましいものであったはずだ。
だが、彼女が欲しかったのはそんなものではなかった。
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