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第32話

『どうして彼が嫌だと言ったのか、さっぱりわからなかった。なんで、嫌われてしまったのか。 あたしはずっと彼の為に歌ってきたの。彼がいるから生きてきたのに』 欲しいものが満たされなかった彼女は苦しんだ。 苦しんだ末の選択はーー 『気が付いたら、マンションのベランダから跳んでた。凄いスピードであたしは落下したわ。みるみる内にコンクリートの地面が近付いて来て、グシャッて』 Amyは飛び降り自殺をした。自宅マンションは七階だった。助かるはずはない。 『痛みは一瞬だった。コンクリートの上に桃色がかった白いぐにゃっとしたものが飛び散った。柔らかそうな、それはーーあたしの脳ミソだった。 ふ、はは、あたしの、脳ミソ! 笑っちゃうわね、自分の脳ミソがあちこちに付着してんの見る羽目になるなんて、思わなかったから』 自らの死の瞬間を語りながら、Amyは赤い唇を歪めて嗤う。 その瞳には狂気が宿る。 『あたしは、地面に激突したあたしを見下ろしていた。手足は変な風に折れ曲がっていた。コンクリートにはどんどん血溜まりが広がっていった。自分だとわからないほど変わり果てた姿だった。 そんな姿をあたしは呆然と見つめていた。 亜弥!と彼の声が聴こえたのはその直後。マンション入り口から彼が駆け寄って来てくれて。 ああ抱き締めてくれるんだ、結婚出来ないとか別れるとか言ってたけど、本当はあたしを愛してくれてるんだ、と思ったら』 『あたしの脳ミソを欠片を踏んづけて、それに気付いてへたり込んで、げえげえ吐いてた』 Amyはクスクスと嗤いながら小刻みに肩を揺らした。 『あたしは彼に取り憑いたわ、すぐ』 『生きていたら彼に棄てられた。 今は離れる事なくずーっと一緒なの。……死んで良かった。あは、あははは!』 うっとりした表情で語るAmy。 自身の死に様を嬉しそうに語るなんて。彼女はおかしい、明らかに。 奨が長い沈黙を破った。 『馬鹿な女だな、早まった事をして』 『あ?』 彼女は感動的な身の上を語ったつもりだったのだろう。明らかに自分に酔っていた。だから、奨の物言いに不機嫌を露骨に表す。 『なんなの、あんた。あたしたちは幸せの形の見付けたの。口出さないでよッ』 『幸せの形?そんな一方的な関係が?片腹痛い』 『煩いッ!!』 Amyが右の掌を掲げる。まるで血に染められたような真っ赤な爪が、めきめきと音を立てて伸び、天を貫く。 まるで急激に成長した植物のように、空へ空へ。 五本の爪の長さは一メートル以上にも伸びたろうか。 間違いない、Amyは死狂化している! 『ーーシュウ、下がれ』 黒い霧が奨の背中から発せられる。それはみるみるうちに数本の黒い触手と化して、うねる。 『俺が闘う』

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