42 / 117

第42話

座っている秀一の頭を優しく撫でながら、奨は話し出す。 『ありのままの、本当の自分を拒絶されるのが怖いからだ。それを否定されたり受け入れられなかったら、とても傷つくから。だから、人は自分を護るために幾重も嘘をついたり、意地を張ったりする』 『ーー少しずつでいい。恐れず自分を出してみろ。俺はどんな君をも受け入れる』 『君が俺を中に入れてくれたようにね』 「!!」 ーー君の中に入りたい。 そう言った奨の言葉が思い出される。 あの時は無我夢中だった。しかし秀一は運命を委ね、彼の全てを受け入れた。 彼がどんな存在でも受け入れる覚悟をしたのだ。 『俺と君は、ひとつなんだ。恐れることなどない』 椅子の背凭れ越しに奨は秀一を抱き締めた。彼の大きな腕に包まれるのを感じて、秀一は息を吐く。 「うん…わかった。少しずつやってみる」 『それでいい。まあ、俺は君の素直じゃない部分も可愛いと思っているがな? 拗ねたり意地を張ったりも、嫌ではないさ』 そんな言い方をされると秀一はまた、真っ赤になってしまうのだが。 『それより、俺が完璧に味付けしたオムライスに塩味を足したことを気にしてくれ』 「え、塩味?!あッ…」 塩味とは涙の事か。確かに、秀一の涙はぽたぽたとオムライスの上を落ちてしまったが。 秀一から離れた奨が何をするのか、泣きはらした目で見つめる。 奨はケチャップのチューブを冷蔵庫から取り出した。 それでオムライスの上に綺麗なハートを描く。 「ケチャップのハート?!」 『涙味よりはいいだろう』 「…ふふ、そうだね」 『さあ、冷めないうちに食べてくれ』 奨の心遣いに秀一の涙は止まった。 秀一はスプーンを手にした。 オムライスを一口すくい、ぱくり。 「美味しいッ!」 それはお世辞抜き、今まで食べた中でも一番美味しいオムライスだった。 半熟卵とケチャップライスが絶妙に混じり合う味のコラボレーションにうっとりとし、秀一は笑顔になる。 『……良かったよ、笑ってくれて』 安堵の息を漏らす奨。 「本当に美味しいんだもの」 お腹がすいているだけが理由ではないだろう。奨の気持ちが嬉しくて、秀一はせっせとスプーンを動かす。 『そんなに急いで食べると喉に詰まらせるぞ』 「だって」 見上げれば奨の笑顔があり、秀一は胸いっぱいの幸福に包まれる。 しかし、その笑顔は途切れた。 ぐらり、と。 奨の長身が床に倒れる。 「え…」 まるで映画のスローモーションシーンみたいだった。 「奨さん!?」

ともだちにシェアしよう!