53 / 117

第53話

『君のキスはいつも甘いよ』 「……気障な事言わないで」 『精液もフレッシュで甘く美味だがな』 「ば…ばかッ!」 秀一は奨の広い胸板をぽかぽかと拳で叩いた。 いつもの漫才で、場面は閉じる。 *** 午後、秀一と奨はショッピングセンター内にあるアパレルショップに赴いた。 奨は秀一の体内にいる。 彼が中にいると下腹に鈍痛があるが、その痛みにも大分慣れた。 店頭まで来ると秀一は尻込みする。覚悟を決めたはずだし独りではないのだが。 『大丈夫だ、背筋を伸ばしていけ』 「う…ん」 ショルダーバッグの中にはハンディカメラがある。最悪それを手にすれば、YouTuberシュウとして滑らかに話せるはずだ。 でも。 「独りじゃない…奨さんがいる。それに奨さんは言ってくれた。僕の容姿は悪くないって」 『そうだ、シュウ』 確かに学校に秀一を笑ったり苛めたりする者はいた。性的な悪戯もされた。離れていった友達も。 でもそのあとに自身を駄目と決めつけたのは自分自身だ。 他人とのコミュニケーションを諦めたのも。 YouTuberシュウとして踏み出した一歩。次の一歩は自分で踏み出したい。 秀一は勇気を振り絞り店内に足を踏み入れた。 「いらっしゃいませー」 アパレル店員というのは何故、寄ってこないで欲しいという気持ちを汲んではくれぬのか。 小綺麗なお姉さんが近寄ってくる。秀一は身を硬くした。 「どんな服をお探しですか?」 満面の笑みを向けられ、ぎこちなく口角をあげる秀一。 「え、とあの……」 『シュウ、自信を持て』 「デートに着ていく服が欲しいんです!!」 言った、言ってしまった。 言ってから秀一は真っ赤になった。デート?デートなのか? 勢いでそう言ったが、秀一と奨は恋人同士ではない。 「あらボク、可愛い」 お姉さんから敬語が消えた。ニヤニヤとしている。 言うんじゃなかったと後悔する秀一。 「デートのコーデ?そうね、これはどうかしら」 店員のお姉さんは手慣れた様子で服を選び、秀一に勧めてきた。 それは薄手で涼感のあるサマーニットだ。少しだぼっとしていて色は清楚なオフホワイト。 「え、こんなお洒落の?僕には似合わないよ…」 胸にニットを当ててみる。いつも地味な無地のTシャツやチェック柄の長袖シャツなどしか着ないので、似合うわけない、と思ったが。 『いいじゃないか』 「首元がVラインでスッキリしてるからアクセをつけても似合うわよ。ボトムスはそうねえ、ラフなチノパン、またはデニムはどうかしら。お客様は脚が細いから…脚を出すのも良いかも」 お姉さんは愉しそうにいくつかの服を持ってきて、鏡の前に立つ秀一に当ててみる。 「ゆる系のパンツにするなら同色系コーデもいいんじゃない?ベージュとアイボリーで素材差とかつけても」 『中々いいセンスだ。シュウ、試着してみたらどうだ?』 確かに着てみないとわからない。秀一は服を預かると試着室に入った。

ともだちにシェアしよう!