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第53話
『君のキスはいつも甘いよ』
「……気障な事言わないで」
『精液もフレッシュで甘く美味だがな』
「ば…ばかッ!」
秀一は奨の広い胸板をぽかぽかと拳で叩いた。
いつもの漫才で、場面は閉じる。
***
午後、秀一と奨はショッピングセンター内にあるアパレルショップに赴いた。
奨は秀一の体内にいる。
彼が中にいると下腹に鈍痛があるが、その痛みにも大分慣れた。
店頭まで来ると秀一は尻込みする。覚悟を決めたはずだし独りではないのだが。
『大丈夫だ、背筋を伸ばしていけ』
「う…ん」
ショルダーバッグの中にはハンディカメラがある。最悪それを手にすれば、YouTuberシュウとして滑らかに話せるはずだ。
でも。
「独りじゃない…奨さんがいる。それに奨さんは言ってくれた。僕の容姿は悪くないって」
『そうだ、シュウ』
確かに学校に秀一を笑ったり苛めたりする者はいた。性的な悪戯もされた。離れていった友達も。
でもそのあとに自身を駄目と決めつけたのは自分自身だ。
他人とのコミュニケーションを諦めたのも。
YouTuberシュウとして踏み出した一歩。次の一歩は自分で踏み出したい。
秀一は勇気を振り絞り店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
アパレル店員というのは何故、寄ってこないで欲しいという気持ちを汲んではくれぬのか。
小綺麗なお姉さんが近寄ってくる。秀一は身を硬くした。
「どんな服をお探しですか?」
満面の笑みを向けられ、ぎこちなく口角をあげる秀一。
「え、とあの……」
『シュウ、自信を持て』
「デートに着ていく服が欲しいんです!!」
言った、言ってしまった。
言ってから秀一は真っ赤になった。デート?デートなのか?
勢いでそう言ったが、秀一と奨は恋人同士ではない。
「あらボク、可愛い」
お姉さんから敬語が消えた。ニヤニヤとしている。
言うんじゃなかったと後悔する秀一。
「デートのコーデ?そうね、これはどうかしら」
店員のお姉さんは手慣れた様子で服を選び、秀一に勧めてきた。
それは薄手で涼感のあるサマーニットだ。少しだぼっとしていて色は清楚なオフホワイト。
「え、こんなお洒落の?僕には似合わないよ…」
胸にニットを当ててみる。いつも地味な無地のTシャツやチェック柄の長袖シャツなどしか着ないので、似合うわけない、と思ったが。
『いいじゃないか』
「首元がVラインでスッキリしてるからアクセをつけても似合うわよ。ボトムスはそうねえ、ラフなチノパン、またはデニムはどうかしら。お客様は脚が細いから…脚を出すのも良いかも」
お姉さんは愉しそうにいくつかの服を持ってきて、鏡の前に立つ秀一に当ててみる。
「ゆる系のパンツにするなら同色系コーデもいいんじゃない?ベージュとアイボリーで素材差とかつけても」
『中々いいセンスだ。シュウ、試着してみたらどうだ?』
確かに着てみないとわからない。秀一は服を預かると試着室に入った。
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