70 / 117

第70話

秀一とピエロ、奨の距離は四メートルぐらいか。 その時、秀一は閃いた。 このピンチを脱する方法を。 身動き出来ない奨が一瞬で此方に到達する方法を。 「奨さん!僕の中に!」 奨は秀一に憑依、リンク済みだ。壁などは通れなくとも、一瞬で秀一の身体に戻ることは出来る。 そして奨を内包した秀一はその力を得てーー身体能力が倍になるのだ。 ピエロの腕をむんずと握り、捻る秀一。それはあり得ない方向にめきめきと曲がる。 『ぎゃ?!』 拘束が解けた。秀一はその腕を持ったまま、ピエロを背負い投げにした。 体格差から、もし普通の状態の秀一なら無理だった。しかしピエロの身体は宙に舞い、床に叩きつけられる。 すぐに奨が実体化し黒霧を現して、触手でピエロをぐるぐる薪にして拘束した。 *** 秀一は奨にピエロの事情を説明した。 動物園、遊園地などの閉鎖については同情の余地はあるだろう。 しかし… 『お前はどうしてピエロという職業を選んだんだ?』 ピエロはムスッとしたまま答える。 『決まってるだろ。人を楽しませたかったからだよ。特に俺は子供が好きなんだ。だから、子供たちを笑顔に出来るピエロに憧れたんだよ』 『芸だって磨いた。一輪車も乗れるし玉乗りも出来る。綱渡りだってーーだけど、活かす場所はなくなった。 ピエロは笑わせる職業なのに、人生の落伍者、つまり笑われる立場になっちまった』 「……笑う奴がおかしい」 秀一の言葉にピエロは顔をあげる。 「一生懸命生きてる人間を笑う方がおかしいだろッ あなたは頑張った。あなたの芸を見て笑顔になった子供たちは沢山いたはずだよ。それを否定しないで」 『……』 押し黙るピエロに、奨は言った。 『子供を悲しい顔にしていいのか?』 子供とは勿論、秀一のことだ。 『……いや、笑って欲しい。笑ってて欲しいよ』 子供が好きで堪らないのだ。それが滲み出ている。 人を、霊を狂わせるのは孤独だ。 誰だって長い間独りでいたらおかしくなる。その弱さを責めることなんて、誰にも出来ないはずだ。 『なあ、坊主。笑ってくんないか。俺に笑顔を見せてくれ』 あんなに怖い目にあった。酷いことをされそうになった。 それでも秀一はピエロを憎めなかった。 秀一が微笑むと、ピエロの姿はキラキラと輝いて消えていった。

ともだちにシェアしよう!