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第77話
「やめてッ!奨さん!」
しかし奨が止まることはなかった。触手は、今度はハンマーのような形になり転んでいるピエロの頭を殴る。
頭の形がひしゃげたかと思えば、三分の一ほどがなくなっている。
「ひ」
喉奥からの声。心底恐怖を感じた秀一は、奨から逃げ出そうとした。
『どこへ行く』
触手が追い掛けてくる。秀一はあっという間に手足を捕まれる。
「いやッ!」
いつものような緩い拘束ではない。手首、足首が千切れそう。
「離、して…」
か細い声を出すのが精一杯。
一体奨に何が起きたのか。
こんなの、優しい彼じゃないーー
『忘れたのか、シュウ』
低い声が響く。
『俺は、幽霊なんだぞ』
そんなことはわかっている。しかし、奨は秀一だけでなく他の霊をも救おうとしていた。こんな酷いやり方ではなく。
『いいかシュウ、本当の俺はーー』
「わあああッ!」
ガバッとベッドから飛び起きる秀一。全身にべったり嫌な汗をかき、呼吸が荒い。
どっどっど。心臓がドラムみたいな音を立てる。
「はあ、はあ…」
悪夢を見ていたのだ。
『どうした?!シュウ』
実体化した奨の姿を見て、夢から完全に醒めていなかった秀一は退けぞる。
『シュウ?』
「……!ご、ごめんなさい」
夢だ、あれは夢だ。
全部夢でしかない。
なんでそんな夢を見たのか全くわからないが。
『大丈夫か』
奨がゆっくり腕を伸ばす。秀一はその中に収まる。
夢で本当に良かった。
奨は優しい。
あんなことするはずがない。
霊が恐ろしい存在であるというのは、未知のものに対して人間が作り出した幻想だ。
人間だって怖い人、危険な人がいる。霊も同じである。
だが。
霊について、奨について。
秀一はまだまだ知らないことがある。
いつか全て話して貰えるのだろうか。
ーーいや、信じよう。きっと、話してくれる。
二人は恋人なのだから。
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