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第79話
連が住むアパートは二階建ての木造住宅。一階と二階にそれぞれ四部屋ある。連の住む部屋は二階の奥だ。
最近人が亡くなった部屋は二階の階段を上がってすぐの部屋らしい。
「これ、部屋の鍵っす」
小さな鍵を掲げて見せる連。
『よく借りれたな』
奨の言葉に連は自慢げに鼻をこする。
「部屋はもう、故人の家族が家具や荷物を引き払ってなんもない状態なんすよ。そんで借り手探してる最中で。だから『独り暮らししたいって友達がいるから、内見の為に貸してほしい』って言ったんです」
「嘘じゃん!」
「ま、嘘も方便てことで。管理人さん、一応かーちゃんの知り合いだし」
連はしれっとしている。また映せないような案件を…秀一は諦めて撮影を止めた。
幽霊より連の軽さの方が余程ヤバイ。
「部屋に起こってる異変は、まずーー所謂ラップ音がするんですよ」
『ラップ音?』
ラップ音については、秀一が解説する。
「誰もいない部屋とか、何も存在しない場所で音することだよ。物を踏んだようなパキッて音とか、何かが軋むようなミシッて音とか。音だけだから気圧や温度、湿度などによって起こる、なんて言われるけど」
すべての現象が霊の仕業とは限らない。
しかし、すべてが違うとも言いきれない。
「俺も聴いたけど…マジなんもないとこで音がしたんですけどね。それから、これは又聞きなんですけど、遺族が荷物を片付ける時に、棚から物が落ちたり、何かが脚に触れたような感触があったって」
霊は存在する。しかし大半の人には見えはしない。見えないものが起こした行動を人はおかしいと思いながら「気のせい」と判断する。
そんな経験は誰にもあるはずだ。
『亡くなった人が霊になりまだ部屋に残っている可能性が高いな。残念ながら遺族はその姿が見えなかったから、気付いてほしくて物を落としたり触れたりしたんだろう』
幽霊は寂しいのだ、という奨の言葉を秀一は思い出す。
その人がどんな理由で亡くなったのかまだ聞いていないが、幽霊になった後に自分の部屋が片付けられるのを見たらたまらないだろう。
家族に精一杯訴えたのかもしれない。自分はまだここにいるのだと。
『その霊はなんらかの未練を抱えていそうだな。話を聞く限り、人間に危害を加える様子がないので、死狂化はしていないように思うが…実際に部屋を見て確かめた方が早そうだな』
「奨さん!カメラ回していい?」
『好きにしろ。考えてみれば、とんでもない死狂が映ったところで、合成画像だと言われるだけじゃないか?』
もし、Amyやピエロが映像に映ったとして。それを人々が見て果たして信じるか?
今は映像などなんでも作れる時代だ。人は自身の目で見たものしか信じないだろう。
「いいよ別に。それでも話題になれば真夜中チャンネルの再生数は爆上がりだよ?」
「秀一さん、人気YouTuberになれるっすねースパチャ沢山来たら奢ってくださいよ」
高校生二人はケラケラと笑う。
二人は奨が顔をしかめたのに気付かない。
『……』
三人は現場である部屋に向かうことにした。アパートの部屋は廊下に面して一直線に並んでいる。
「奥の部屋が俺んちっす。だから部屋から外に出る時、帰る時はいつもこの部屋の前を通るんですよ」
問題の部屋は、扉だけならなんの変哲もない。表札は空である。
「じゃあ開けますよ」
「撮影、始めるね」
秀一がハンディカメラを構えた。
連が鍵を開ける。
奨も危険があればすぐに動けるよう、サイドに位置している。
三人は室内に脚を踏み入れた。
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