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第99話
秀一と奨は、戻ってきた。
ーー二人が出逢った運命の場所に。
奨が封印されていた廃校舎である。
そびえ立つ様が不気味なのは昼間でもあまり変わりはない。
やはり朽ち果てた壁や人気の無さが原因なのだろう。
今回の秀一はカメラを持っていない。身軽に動ける格好をし、背中にリュックを背負っている。
武器として秀一は御札を持参していた。
秀一と奨は霊の状態を調べたり、様々な実験をしており、当然霊の弱点的なことも調べたのである。
霊はさほど人間とは限らない。
物理的な怪我を負わせエネルギーを奪うと動きを鈍らせることは可能だ。
ニンニクなどは特に効果はなかった。しかし、お寺で発行して貰った御札に関しては、奨はあからさまに顔をしかめた。
『嫌な感じがする』
御札に触れると、奨は苦しみ始めた。
危険な状態になったのですぐに中止したが、御札が霊に効果があることがわかったので、説得がきかない場合は切り札としようと二人で取り決めた。
あの女幽霊と対峙する。彼女は明らかに死狂化していた。そして、奨は彼女の見知りであったことはわかっている。
奨は彼女を天国へ送ってやりたいと言っていた。
それが秀一と奨のバディ活動のきっかけである。
過去を多く語りたがらない奨であった。が、夏休みが残り少なくなり、秀一が廃校舎に行きけじめをつけたいと言い出した昨夜、ついに重たい口を開いた。
『彼女は俺の同僚、教師だった。櫻庭美代(さくらばみよ)、それが彼女の名前だよ。
彼女は俺の事が好きでーー俺との結婚を望んでいた』
イケメンである奨が女性にモテるのは納得である。
秀一は思い出す。以前奨は言っていた。
ーー恋人は居なかったが、好きな相手はいた。両想いだった。
しかし、うまく伝える事がお互いに出来なかった、と。
奨と両想いだった相手が美代なのか…?
『彼女は必死に俺への想いを訴えた。しかし彼女は俺にとって同僚の櫻庭先生、でしかなかった。
それを伝えると彼女はーー死んでやると叫び、服毒自殺を計った。俺の目の前で』
秀一は青ざめた。服毒自殺?!
『学校では実験に使うから置いてあるんだ、劇薬が。鍵のかかった棚にあるわけだが、管理する教師が悪用するのは簡単だな』
しかし、今の話では自殺である。何故奨も亡くなったのだろうか。
秀一は首をひねる。
『彼女は口に毒の入ったカプセルを含んでいた。自殺を止める為に吐き出させようと俺は彼女に近づいた。すると彼女はーー俺に抱きつき、無理やりキスをしたんだ。何かを飲まされたと気付いた時は遅かった』
唇から唇に毒薬を移す。
櫻庭美代は、奨を巻き込んで死ぬという選択、つまり無理心中を計ったのだ。
まさに、死の接吻ーー
『生きていて結ばれないなら、と彼女は死ぬ間際に言っていた。俺を誰にも渡したくなかったのだろう』
秀一は拳を握りしめる。
まさかそんな理由で奨が死んだなんて。
「僕は、納得いかないな…恋愛に応えられないのは、仕方ないじゃないか?なのに奨さんを巻き込んで心中?身勝手だよ!」
怒りに肩を震わせた。顔を真っ赤にして声を荒げる秀一に奨は驚く。
滅多に怒らない秀一だが、あまりの理不尽に納得がいかない。
自分だったら、そんな殺され方をしたら決して許すことなど出来ない。
前に見た夢の奨のように、女の霊を傷つけてしまうだろう。
『人を愛するあまり、身勝手な行動に走る気持ちは誰にもある』
「でも…」
『彼女は間違っている。だが、そういう気持ちも理解してあげて欲しい。俺にとって、彼女が同僚であったのは変わらない。彼女を俺の手で天国へ送るのがせめてものーー餞なんだ』
気持ちに応えられなかったことを、奨は「相手を苦しめた」と捉えていた。
辛い話をさせることになったが、奨と美代が亡くなった時の状況を秀一は把握できた。
ただ1つだけ、今の話に説明がなかった部分がある。
秀一が気になったのは、奨が好きだった相手の事である。
それが女幽霊、美代ではなかったのはわかった。が、ならばそれは誰だったのか。
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