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第101話
『シュウッ!シュウを離せ!』
触手の先端が鋭いナイフに変化した。その切っ先は女に向かう。
秀一を掴んでいる美代は、その攻撃を避けられない。ピタリと喉笛に切っ先が迫る。
『あたしを殺すの?やってみなさいよ。その代わり、この餓鬼も死ぬけど』
挑発的な言葉を吐く美代。刃先はギリギリに留まっている。
「やめて、奨さん!」
過激な手段に及ぼうとする奨を秀一は慌てて止めた。
こんな奨は見たことがない。まるであの悪夢の奨のようではないか。
確かにこの死狂は話が通じるようには見えない。
しかしシュウが取ろうとしている手段はどうなのか?
今まで、出来る限り霊は説得により天国に送るようにしてきた。
どうしようもない場合だけはダメージを与えてエネルギーを奪い、強制的に天国送りにはしたが、それは最終手段である。
霊だって元は人間だ。
寂しさによって狂ってしまっただけだ。
それは奨が常々言う言葉だ。
しかもこの女の霊が狂った原因は奨を愛するが故なのである。
「奨さん、お願い!」
『グワアアア!』
女が絶叫をあげてもがく。その万力に、奨の触手は消し飛んだ。
恐ろしいパワーだ。愛する男に見棄てられ怨念が増幅したのだ。
『殺してやるッ!』
女は秀一の首を両手で掴むと一気に締め上げにかかる。容赦は微塵もない。明らかな殺意。
せっかく用意した御札を出すことすら出来ない。
『シュウッ!』
喉笛に食い込む指。気道を塞がれて秀一の意識が遠退く。
殺される…!
秀一が意識を失いかけた間際、目映い光が飛び込んできて秀一の視界を奪った。
同時、びゅうと風が吹き抜ける。トイレの個室のドアがバタンと壁側に叩きつけられた。
光の渦が風を纏い押し入ってきたのだ。
同時に凛としながら澄んだ声が聴こえる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
『アアアああギャアアア!』
美代は悲鳴をあげる。絶叫、咆哮にも似た雄叫び。
突如乱入してきた光が美代を包んだせいだ。
ーー美代が炎に焼かれるように苦しみながら薄れていく。秀一の喉を締め上げていた腕も、段々と消え。
強い霊波動、霊圧がかき消えた。
まるで氷が溶けるように。存在そのものが、消え果ててしまった。
一瞬の出来事。
一体何が起きたのか?
秀一はまだ目がチカチカして眩しい、うっすらしか見えない。
が、誰かが現れたのはわかる。
「やれ、間に合って良かった」
声が聴こえる。入り口の方から姿を見せた人物は、異様な出で立ちであった。
上半身は平安時代の貴族が着る白い狩衣、下半身は赤の袴を履いている。頭に被っている長い帽子は
立烏帽子というものだ。
歳は定かではないが奨と同じ30代か。そんな和風の服装であるのに、髪は目の覚めるような輝く金髪である。
目が蒼いのがわかるのは近づいてからだ。
「あなたはーー」
現れた男は秀一に対してニッコリと白い歯を見せて笑みを向ける。
「hello、boy。ご機嫌麗しゅう。私はプロだ、もう安心したまえ」
「ぷ、プロ?」
「退魔師、陰陽師。ゴーストスレイヤー?そんなとこ」
さらりと金髪をかきあげる。
格好は変だがイケメンで気障だ。
秀一の混乱を他所に、男は懐から何かを取り出す。
それは十字架だった。
いや、服装は和風なのに十字架?
なんだかチグハグじゃないか?
「二体ぐらいはすぐに片付けるからーー」
変な事に気をしている場合ではない。今、男はなんと言ったーー
二体、と言わなかったか。
つまり。
「待って!待って下さい!二体ってまさか、奨さんも退治するつもりなんですか?」
「そりゃあ勿論」
何を当たり前を、とでも言う口調で男は話し出した。
「地上は霊のいるべき場所ではない。危険な霊は、存在ごと滅する」
足袋に草履を履いた足を一歩踏み出すのは、構えに入るためか。
「それに、あの二人はねーー私が10年前にやり残した仕事だから」
奨は、今までずっと黙っていた。その視線は真っ直ぐに男に注がれている。
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