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第102話
10年前、という言葉に口を開くと苦しげに息を吐いた。
『エーレンフリート……俺を滅するつもりか』
奨は男の名を呼ぶ。二人が見知りであるのが秀一にはわかった。
10年前のーー
「奨、あの時のようにはいかないよ。今度こそ私は君をーー」
掲げられた十字架が輝きを増す。先程美代を消滅させた光と同じものが発せられようとしている。
「消滅させるッ!」
あの光はきっと奨の存在を消す。危険だ!
秀一は咄嗟に叫ぶ。
「奨さんッ!僕の中にッ!」
奨は黒霧になり、すぐに秀一の体内へと隠れる。
光は放たれた。それは弾丸みたいな勢いで秀一に飛んできて、身体を包む。
反射的に腕を顔の前にて交差させ、防御の姿勢を取る秀一。
痛みを、死を覚悟した。しかし、光は霊にしか効果がないものであり、秀一の身体はなんともない。
ハラハラと光はこぼれ落ちるように消える。
エーレンフリートと呼ばれた男は舌うちをした。
「Aーha?そういうこと。君は奨を中に迎え入れたのか、そうか…。相変わらずタラシだね、奨は。こんな年端もいかない子供を」
タラシとは、他人を巧みに誘惑する人間に使われる言葉だ。
秀一は食って掛かる。
「奨さんはそんな人じゃない!僕と奨さんお互い惹かれあって、愛し合ってるんだ…!」
下腹部を大事そうに押さえる秀一。
「ね、そうだよね?奨さん。アイツに言ってやってよ!」
しかし、奨は黙っている。秀一はにわかに不安を覚えた。
彼はちゃんと体内にいる。下腹部の重みも痛みも感じるのに。
「おこもりの黙りか。ーーしょうがないね、取り敢えず、こんな汚い場所で君と決着をつけるのもなんだし……行こうか」
男は十字架を懐にしまう。戦闘意思はもうないらしいし、人間である秀一をどうこうするつもりはないようだ。
こうして、10年間の間止まっていた運命の歯車が動き出すーー
***
男は秀一の家まで平然と着いてきた。秀一としても奨が黙るのなら男に話を聞きたいと思ったのでそれを拒む事はない。
「ご両親は不在なんだね、ok。菓子折りもなく訪問したのを申し訳ないと思ったが…」
一階のリビング。秀一はソファに腰掛ける彼にお茶を出した。
「私の名前はエーレンフリート・フォン・バッハ。ドイツ人だが産まれは日本だ」
エーレンフリートは名刺を取り出す。可愛らしくSD化された男がウインクするイラスト入り。
なんだかめちゃくちゃふざけている。肩書きは陰陽師兼退魔師兼ゴーストスレイヤーとなっている。
「なんで表記が片仮名なの…」
「日本人用だから。イラストも可愛いだろう?私がデザインした」
ふふんと得意気な様子。見た目は30代だし、廃校舎ではカッコいい様子を見せたが子供っぽい男だ。
服装、言葉使い、名刺。色々ツッコミ所満載の彼は、奨とどんな関わりなのか。
「奨は君に過去を何も話してないのかな?」
脚を組んでふんぞり返るエーレンフリート。態度が悪い。
秀一はムスッと答える。
「…ちゃんと聞いてます。学校の先生だったって。あの女幽霊ーー美代さんに毒を飲まされて、殺された、と聞いてます」
「その通り。奨はモテるからね。女も男も彼にメロメロさ。
……殺したくなる程に」
前半はおどけた口調だったのに、突然トーンダウンして低い声になった。
エーレンフリートは一体何を言いたいのだろう。
「そう言えば、君は奨に取り憑かれた時、こんな風に囁かれたのでは?『君の中に入りたい』」
「えッ!」
秀一は目を見開く。何故それを彼が知っている?
「な、んでそれを?」
震える声で聞き返す秀一にエーレンフリートは笑った。
「アハハ!やっぱりね。そりゃ、わかるさ。わかるに決まってる」
「わかるわけない!あの場には僕と奨さんしかいなかった!」
「わかるんだよ、残念ながらね」
つい噛みつくような口調の秀一に対してエーレンフリートは落ち着いたままだ。
そして、静かにこう言った。
「だって、一番最初に奨を憑依させたのはーー私なのだから」
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