103 / 117

第103話

奨がエーレンフリートに憑依? 突きつけられた言葉に秀一は混乱する。 「で、出鱈目を言うな!」 「本当だよ」 「じゃあ奨さんはなんで今、お前に憑依してないんだ。僕と会った時、彼は鏡に封印されていたんだぞ?」 ニヤニヤしながら秀一の慌てぶりを眺めているエーレンフリート。 余裕を漂わせている。 「まあ、順を追って話そうかーー」 秀一はソファから半分立ち上がりかけていたが、お茶を飲むエーレンフリートの姿に腰を下ろした。 こうなったら最後まで聞いてやる。 エーレンフリートは語り始めた。 「私の家系は人ならざる者の退治を代々行っている。私も子供の頃から訓練を積んできた。 ーー10年前、あの頃の私はまだ20歳そこそこ、退魔師としてデビューしたてのほやほやひよっ子だった」 話の舞台は10年前に遡る。 エーレンフリートが、当時はまだ生徒たちが通う学校を訪れたのは、強く禍々しい霊波動を感じたからであった。 そこでは死狂化した二体の霊が激しいバトルを繰り広げていた。 奨と美代である。 「奨さんが、死狂だって?」 秀一は思わず声をあげた。死狂はこの世に未練や恨みを抱きおかしくなった存在だ。 「忘れたのかい?奨は殺されたんだよ。理不尽な片思いで」 「で、でも奨さんは恨んでないって」 「自分を殺した相手を?相変わらず嘘つきだな、奨は」 相変わらず?嘘つき? あまりの酷い言い方に秀一は怒りを露にする。 「奨さんは嘘なんかつかない!あなたに何がわかるんだーー」 「じゃあ何故奨は出てきて違うと言わないんだ?」 「……」 奨は会話を聞いている筈だ。しかし、実体化もしないし黙ったままである。 「話を続けようーー」 二体の死狂に対峙したエーレンフリートは、術法を駆使して戦った。その時ーー 「彼は、私を誘惑したんだよ」 「それは蕩けるような甘い囁きだった。愛していると言われて、私は揺れた。お恥ずかしい話だが、あの頃はまだ恋愛経験が少なくて。彼は私を求め、言った。 『中に入りたい』と」 「幽霊だとはわかっていた。しかも私は、彼を消滅させるのが目的だった。だが、私は彼の魅力に勝てずにーー抱かれてしまった」 「嘘だ…!」 そう叫びながら、秀一は真っ青になる。どうして奨は何も言ってくれない?どうして。 「それが憑依行為だと気付き、私は途中から彼を必死に拒んだ。彼は私を乗っ取ろうとしたんだよ、単純に」 秀一は思い出す。彼が初めて秀一を求めた時を。それはエーレンフリートが語るのと全く同じだ。 「私は残された力で必死に奨と戦った。しかし、力及ばず消滅に持ち込む事は出来ず、二人を封印するに留まったんだ」 「それから私は世界中を巡り修行を重ねた。結局私が精神的にも実力的にも未熟だったのが、二人を消滅させることが出来なかった原因だからね」 長い脚を組み替えるエーレンフリート。 そのあちこちでの長い修行のお陰で、和風な出で立ちなのに十字架を使用するなど和洋折衷なのであった。 「効果が高いものを取り入れた結果」などと言いきるのは自由を愛する気質故だろう。 そしてエーレンフリートは改めて奨に向かって言う。 「待たせたね、奨。君はちゃんと私がーー看取ってあげよう。心配ない、私の術法に苦痛はない。長かった君の苦しみを終わらせることが出来るのは私だけだ。だからーー」 彼は手を差し伸べた。 「出てきてくれ、奨。決着をつけよう」 優しい口調であったが、有無を言わさぬ響きがあった。 秀一から離れられない奨に逃げ場はない。

ともだちにシェアしよう!