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第104話
「……あなたが消滅させた霊は、どうなるんですか」
「勿論、存在が消える。君たちが死狂と呼ぶ霊たちは、地上で言えば犯罪者だよ。然るべき罰を受けるのが当然なんだ」
つまり、奨の同僚である美代は天国に行くことはなく消えた、ということか。文字通りに。
「奨さんは死狂じゃないッ!人間に危害を及ぼしてないよ」
必死の反論。しかしそれはエーレンフリートに簡単に論破される。
「彼は俺を騙して乗っ取ろうとした。今はまんまと君を騙し、身体を自由にしている。君は利用されているだけだよ」
「違うッ!奨さんは僕が好きで、僕を選んでくれたんだ!」
叫びながら、秀一の目には涙が溢れた。独りで喚いているのが馬鹿みたいだと思ったから。
「ねえ、秀一くん。君最近痩せたりした?異常に食欲が増したりしてない?」
秀一の全身に遠慮ない視線が投げられる。
「それは…」
心あたりがある。秀一の顔から血の気がひく。
「霊を憑依させてなんのリスクもマイナスもないなんて、君は思っているの?
君は奨に少しずつ生命エネルギーを削られているんだよ」
そんなはずは。生命エネルギーは性行為をし、精液を与えているではないか。それ以外にも吸い取られている…?
『もう、いい。やめてくれ、エーレンフリート』
ついに奨が姿を現した。沈痛な面持ちをしている。奨は秀一に寄り添う。
『これ以上秀一を苦しめるな。殺すなら、さっさとーー俺を殺せ』
「漸く出てきてくれた?天岩戸みたいに私が裸で踊らなきゃ無理かと思ってたから、良かったよ」
おどけた事を言いながら、エーレンフリートは本気だ。懐の十字架を取り出す。
奨は何もかもを受け入れるように静かに目を閉じた。
しかし。
「待って!!」
奨の前に両手を広げる。そんなことでは庇えないだろう、わかっている。それでも。
「僕は奨さんと話をしたい!奨さんの気持ちをちゃんとその口から聞きたいんだ!」
エーレンフリートと奨の関係について、秀一は納得していない。
キッと表情を引き締めて、臆することなく真っ直ぐ背を伸ばす。
『……シュウ』
十字架は鈍い光を纒い始めていた。しかし、エーレンフリートは短く息を吐くとそれをしまった。
「いいだろう。なら、明日まで二人で話す時間を上げるよ。それまで心おきなく話したらいい」
二人の姿を見つめるエーレンフリートは何処か悲しげな瞳をしている。
しかしそれ以上は何も言わなかった。
エーレンフリートがいなくなると秀一は奨の首筋にぶら下がるみたいな形でひしっと抱き付いた。
「奨さんの馬鹿!」
いきなり怒られて目を見開く奨。
「なんで…なんで殺されてもいいなんて言うの?!消えてもいいなんて…!馬鹿ばか、ばかッ!」
秀一の小さな肩が震える。泣いているのだ。
「僕のこと好きじゃないの?!だから僕と恋人になったんじゃないの?!ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの…!」
嗚咽を漏らす秀一を、奨はそっと抱き締める。
『……エーレンフリートが言ったことは本当なんだ。俺は、君に憑依しているだけで、生命エネルギーを吸い続けているんだ。
毎日貰っているエネルギーのお陰でその減り方は緩やかだが、君が少しずつ寿命を減らしているのは事実なんだよ』
「……」
『いつか離れなければならないと考えていた。天国へ行こうと、な。
だがーー俺は君を愛してしまった。本当に愛してるんだ、シュウ。俺はーー』
背伸びをした秀一は奨の唇を自らの唇で塞いだ。
押し当てられた唇に奨は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに受け入れる。二人は目を閉じて互いの唇の柔らかさを味わう。
まるで刻が止まったような、刹那。
奨の舌が侵入してきて秀一を求める。すぐにそれに応える。ざらりとした表面を合わせ、唾液を行き交わせる。
唇と唇は、何よりも想いを伝える。互いを求めあい必要とするからこそ、こんなにも口付けは甘い。
唇同士が離れると秀一は熱い呼気を吐いた。
心臓の高鳴りが酷い。
こんなにもときめいて。
こんなにも好きで。
離れるなどーー
「奨さん……僕はあなたといられるのなら、この命が短くなってもいいんだ。僕も、あなたを愛してる。だから、離れるなんて考えられない……」
潤んだ瞳から大粒の涙が溢れる。
秀一は奨の首に腕を回しながら覚悟を告げる。
「だから、いなくなったりしないで。あなたがいるから、僕は生きられるんだ」
『シュウ…』
もう一度唇を合わせる。
二人の意志は1つだ。
決して互いを離しはしない。
二人の絆は深く、強い。
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